転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー59

 「……これでよし、と」

 

 毒の除去を終えた自分は小さく息を吐いた。

 

 傷口は炎魔法で軽く焼き、止血も済ませてある。

 

 応急処置としては十分だろう。

 

 もっとも、毒を完全に抜き切れたかどうかまでは分からない。

 

 毒を抜くには血液ごと排出しなければならない以上、続ければ続けるほど今度は失血死の危険が高まる。

 

 これ以上は逆効果だと判断した。

 

 幸い、マヒロの表情に苦しむ様子は見られない。

 

 後は毒が抜けていることを信じるしかなかった。

 

 「解毒薬の有無ぐらい聞いておくべきだったか……」

 

 ふとそんな考えが頭をよぎる。

 

 もっとも、あの状況で素直に教えてくれたとは思えないが。

 

 「うしっ。早くミオに診てもらわないとな」

 

 そう呟きながらマヒロを背負う。

 

 彼女は毒だけでなく大量出血もしている。

 

 一刻も早く治療を受けさせなければ危険だ。

 

 急がなければ。

 

 その一心で歩き出そうとした。

 

 しかし――

 

 「……そういえば、この結界いつになったら消えるんだ?」

 

 ここで新たな問題に気付く。

 

 周囲は海の底。

 

 本来ならば呼吸すらできない場所だ。

 

 それを可能にしているのが、この結界だった。

 

 だが結界は今もゆっくりと沈み続けている。

 

 海面からはどんどん遠ざかっていた。

 

 「まずいな……」

 

 このまま深海へ沈めば脱出できる保証はない。

 

 戦闘が終わってから既に数分は経過している。

 

 それにもかかわらず結界は消える気配を見せなかった。

 

 マヒロは既に意識を失っている。

 

 普通の結界なら術者が気絶した時点で消えてもおかしくないはずだ。

 

 となれば――

 

 「魔道具か……?」

 

 そう考えるのが自然だった。

 

 だが解除方法など分からない。

 

 時間経過で消えるのか。

 

 それとも別の解除条件があるのか。

 

 何一つ分からなかった。

 

 「くっそ……」

 

 焦りが募る。

 

 マヒロを早くミオの元へ連れて行かなければならないというのに。

 

 強引に破壊することも考えた。

 

 だが、それは現実的ではない。

 

 先程グリムフィッシャーが何度も攻撃していたにもかかわらず、この結界はびくともしなかった。

 

 あの怪物の拳で壊れなかったものを、自分が壊せるはずもない。

 

 「まさか頑丈さが裏目に出るなんてな……」

 

 皮肉なものだった。

 

 先程までは命綱だった結界が、今は脱出を阻む檻になっている。

 

 その時だった。

 

 不意に背筋へ悪寒が走る。

 

 まるで誰かに見られているような感覚。

 

 嫌な予感がした。

 

 そして――

 

 「わ、私は……ま、まだ……負けては……おらぬ……」

 

 「ッ!?」

 

 声が聞こえた。

 

 聞こえるはずのない声が。

 

 サダメは勢いよく振り返る。

 

 そこには。

 

 胴体を真っ二つに斬られたはずのグリムフィッシャーがいた。

 

 地面に転がった上半身。

 

 その口が確かに動いている。

 

 「う、そだろ……」

 

 思わず言葉が漏れた。

 

 胴体を断たれ、大量の血を流し、それでもなお生きている。

 

 常識では考えられない。

 

 だが現実に目の前で起きていた。

 

 「●●……■■■……▲▲▲……」

 

 「なっ!?」

 

 グリムフィッシャーの口が再び動く。

 

 聞き取れない。

 

 だが嫌というほど分かった。

 

 魔物語だ。

 

 奴は何かを詠唱している。

 

 「まずい!」

 

 反射的に魔力を練り上げる。

 

 詠唱を最後まで許してはならない。

 

 あれだけの化け物だ。

 

 瀕死でも何をしてくるか分からない。

 

 「爆ぜる焔よ! 火《か》の球《きゅう》として聚合《しゅうごう》し、眼前に映りし標的へ猛る一投を撃ちかけん――【火球《フレール》】!!」

 

 火球が放たれる。

 

 距離は近い。

 

 本来なら最大威力で撃ち込みたいところだった。

 

 だがマヒロがすぐ傍にいる。

 

 巻き込む危険を考え、威力を抑えてしまった。

 

 火球は吸い込まれるようにグリムフィッシャーへ命中する。

 

 轟音。

 

 爆炎。

 

 そして――

 

 「……う、ううううう……」

 

 「ッ!?」

 

 爆炎の向こうから声が聞こえた。

 

 消えていない。

 

 止まっていない。

 

 奴はまだ生きている。

 

 そして、その判断こそが致命的な失敗だった。

 

 マヒロを守ろうとした優しさが。

 

 瀕死の怪物へ情けを掛けたわけではないその一瞬の躊躇が。

 

 最悪の結果を招こうとしていた。

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