「ぐっ!?」
火球が炸裂する。
轟音と共に爆炎が広がり、グリムフィッシャーの姿が煙の向こうへ消えた。
その直後だった。
何かが高速で自分の頭の横を掠める。
鋭い風切り音。
遅れて、こめかみに焼けるような痛みが走った。
「なっ……!?」
反射的に飛び退く。
指先で傷口に触れると血が滲んでいた。
今のは何だ。
触手か?
嫌な予感が脳裏を過る。
そして――
「ふう……ふう……ふう……」
低い呼吸音が聞こえた。
煙の奥から。
まるで獣の唸り声のような荒い息遣いが。
「……嘘だろ」
思わず呟く。
煙越しに、人影が見えた。
立っている。
地面に転がっていたはずのグリムフィッシャーが。
確かに立ち上がっていた。
「わ、私は死なぬ……」
低い声が響く。
「私は動ける……」
声に熱が宿る。
「私は――戦えるぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!!」
「ッ!?」
咆哮が結界内を震わせた。
次の瞬間。
轟っ、と突風が吹き荒れる。
煙が一気に吹き飛ばされた。
そして、その姿が露わになる。
「なっ……」
言葉を失った。
そこに立っていたのは、もはや先程までのグリムフィッシャーではない。
上半身は変わらない。
しかし、腰から下は完全に別の生き物へと変貌していた。
赤と白。
二色の巨大な触手。
一本一本が人間の脚より遥かに太く、筋肉の束のように蠢いている。
赤が八本。
白が八本。
合計十六本。
無数の触手が地面を這い回り、不気味な音を立てていた。
まるで深海に潜む未知の怪物。
あるいは神話に語られる魔獣。
だが、それらよりも遥かに禍々しい。
筋骨隆々とした上半身と異形の触手が組み合わさることで、見る者に本能的な恐怖を抱かせる姿となっていた。
「ふう……ふう……」
グリムフィッシャーは肩を上下させながら荒く息を吐く。
その目には狂気にも似た光が宿っていた。
「まさか……」
奴が呟く。
「まさか、この私が……こんな雑魚共に『この手』を使わされるとはな……」
ぶつぶつと独り言を続ける。
こちらを見ているようで見ていない。
興奮のあまり我を失いかけているようにも見えた。
「この手……?」
聞き捨てならない言葉だった。
奥の手。
切り札。
最後の秘策。
そういう意味なのだろうか。
ふと脳裏にスクイッドの言葉が過る。
あの時は深く考えなかった。
だが、今になって妙に引っ掛かる。
嫌な予感しかしない。
それよりも問題は――
どうやって倒す?
マヒロは命を削って奴を真っ二つにした。
それでも死ななかった。
普通なら即死だ。
生きていること自体がおかしい。
魚が頭を落とされても少しの間動くことはある。
だが、これはそんな話ではない。
生命力という言葉だけでは説明できない。
そこにあるのは執念だ。
死を拒絶する狂気じみた執着だった。
「貴様らぁ……」
グリムフィッシャーがこちらを見る。
その瞬間、背筋が凍りついた。
「ここまで私を煩わせておいて……」
殺気が膨れ上がる。
「タダで死ねると思うなよぉぉぉぉぉッ!!!!」
怒号が響く。
鬼のような形相。
いや、鬼ですら可愛く思えるほどの憎悪だった。
「……っ」
サダメは無意識に息を呑む。
最悪だ。
マヒロは倒れている。
自分も満身創痍。
結界は沈み続けている。
そして目の前には化け物。
どう考えても勝ち目などない。
せめて時間を稼ぐしかない。
誰かが救援に来てくれることを祈りながら、一秒でも長く生き延びる。
それしか――
「……?」
その時だった。
グリムフィッシャーが奇妙な動きを見せる。
両手を胸の前へ持ち上げる。
そして指先を合わせた。
三角形を作るような独特の構え。
「合掌……?」
思わず眉をひそめた。
魔物が祈る。
それだけでも異様な光景だ。
だが今の状況でそんな真似をする意味が分からない。
何をする気だ。
何を――
そして。
グリムフィッシャーの口がゆっくりと開かれる。
禍々しい笑みと共に。
「――出でよ」
一瞬、世界が静止したような錯覚を覚える。
次の瞬間。
奴は高らかに叫んだ。
「出でよ――魔導結界ッ!!」