転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー60

 「ぐっ!?」

 

 火球が炸裂する。

 

 轟音と共に爆炎が広がり、グリムフィッシャーの姿が煙の向こうへ消えた。

 

 その直後だった。

 

 何かが高速で自分の頭の横を掠める。

 

 鋭い風切り音。

 

 遅れて、こめかみに焼けるような痛みが走った。

 

 「なっ……!?」

 

 反射的に飛び退く。

 

 指先で傷口に触れると血が滲んでいた。

 

 今のは何だ。

 

 触手か?

 

 嫌な予感が脳裏を過る。

 

 そして――

 

 「ふう……ふう……ふう……」

 

 低い呼吸音が聞こえた。

 

 煙の奥から。

 

 まるで獣の唸り声のような荒い息遣いが。

 

 「……嘘だろ」

 

 思わず呟く。

 

 煙越しに、人影が見えた。

 

 立っている。

 

 地面に転がっていたはずのグリムフィッシャーが。

 

 確かに立ち上がっていた。

 

 「わ、私は死なぬ……」

 

 低い声が響く。

 

 「私は動ける……」

 

 声に熱が宿る。

 

 「私は――戦えるぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!!」

 

 「ッ!?」

 

 咆哮が結界内を震わせた。

 

 次の瞬間。

 

 轟っ、と突風が吹き荒れる。

 

 煙が一気に吹き飛ばされた。

 

 そして、その姿が露わになる。

 

 「なっ……」

 

 言葉を失った。

 

 そこに立っていたのは、もはや先程までのグリムフィッシャーではない。

 

 上半身は変わらない。

 

 しかし、腰から下は完全に別の生き物へと変貌していた。

 

 赤と白。

 

 二色の巨大な触手。

 

 一本一本が人間の脚より遥かに太く、筋肉の束のように蠢いている。

 

 赤が八本。

 

 白が八本。

 

 合計十六本。

 

 無数の触手が地面を這い回り、不気味な音を立てていた。

 

 まるで深海に潜む未知の怪物。

 

 あるいは神話に語られる魔獣。

 

 だが、それらよりも遥かに禍々しい。

 

 筋骨隆々とした上半身と異形の触手が組み合わさることで、見る者に本能的な恐怖を抱かせる姿となっていた。

 

 「ふう……ふう……」

 

 グリムフィッシャーは肩を上下させながら荒く息を吐く。

 

 その目には狂気にも似た光が宿っていた。

 

 「まさか……」

 

 奴が呟く。

 

 「まさか、この私が……こんな雑魚共に『この手』を使わされるとはな……」

 

 ぶつぶつと独り言を続ける。

 

 こちらを見ているようで見ていない。

 

 興奮のあまり我を失いかけているようにも見えた。

 

 「この手……?」

 

 聞き捨てならない言葉だった。

 

 奥の手。

 

 切り札。

 

 最後の秘策。

 

 そういう意味なのだろうか。

 

 ふと脳裏にスクイッドの言葉が過る。

 

 あの時は深く考えなかった。

 

 だが、今になって妙に引っ掛かる。

 

 嫌な予感しかしない。

 

 それよりも問題は――

 

 どうやって倒す?

 

 マヒロは命を削って奴を真っ二つにした。

 

 それでも死ななかった。

 

 普通なら即死だ。

 

 生きていること自体がおかしい。

 

 魚が頭を落とされても少しの間動くことはある。

 

 だが、これはそんな話ではない。

 

 生命力という言葉だけでは説明できない。

 

 そこにあるのは執念だ。

 

 死を拒絶する狂気じみた執着だった。

 

 「貴様らぁ……」

 

 グリムフィッシャーがこちらを見る。

 

 その瞬間、背筋が凍りついた。

 

 「ここまで私を煩わせておいて……」

 

 殺気が膨れ上がる。

 

 「タダで死ねると思うなよぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 怒号が響く。

 

 鬼のような形相。

 

 いや、鬼ですら可愛く思えるほどの憎悪だった。

 

 「……っ」

 

 サダメは無意識に息を呑む。

 

 最悪だ。

 

 マヒロは倒れている。

 

 自分も満身創痍。

 

 結界は沈み続けている。

 

 そして目の前には化け物。

 

 どう考えても勝ち目などない。

 

 せめて時間を稼ぐしかない。

 

 誰かが救援に来てくれることを祈りながら、一秒でも長く生き延びる。

 

 それしか――

 

 「……?」

 

 その時だった。

 

 グリムフィッシャーが奇妙な動きを見せる。

 

 両手を胸の前へ持ち上げる。

 

 そして指先を合わせた。

 

 三角形を作るような独特の構え。

 

 「合掌……?」

 

 思わず眉をひそめた。

 

 魔物が祈る。

 

 それだけでも異様な光景だ。

 

 だが今の状況でそんな真似をする意味が分からない。

 

 何をする気だ。

 

 何を――

 

 そして。

 

 グリムフィッシャーの口がゆっくりと開かれる。

 

 禍々しい笑みと共に。

 

 「――出でよ」

 

 一瞬、世界が静止したような錯覚を覚える。

 

 次の瞬間。

 

 奴は高らかに叫んだ。

 

 「出でよ――魔導結界ッ!!」

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