「……は?」
思考が停止した。
今、何と言った?
聞き間違いではないのか。
いや、聞き間違いであってほしかった。
私は呆然としたままエイシャを見つめる。
「今……何と言った?」
自分でも驚くほど掠れた声だった。
だが返答したのはエイシャではない。
「だ~か~ら~よ~」
後方から苛立った声が飛んでくる。
「剥奪されんのはテメーだけだって言ってんだよ、魚野郎」
ダークボルトだった。
面倒臭そうに肩を竦めながら、まるで当然の事実を告げるかのように言い放つ。
「なっ……!?」
言葉を失う。
理解できない。
いや、理解したくなかった。
何故だ。
何故私だけなのだ。
勇者との一件なら奴等も同罪のはずだ。
エイシャも。
ダークボルトも。
どちらも勇者に敗れている。
それなのに何故私だけ。
「ど、どうしてですか魔王様!?」
気付けば叫んでいた。
「私が何か粗相をしたというのでしょうか!? お気に召さぬ点があったのであれば改めます!」
膝を引きずるように一歩前へ出る。
傷が痛む。
だがそんなことはどうでもよかった。
「どうか理由をお聞かせください! 剥奪だけは――!」
必死だった。
誇りも体裁もかなぐり捨てていた。
理由さえ分かれば改善できる。
そう信じたかった。
だが――
「貴方を十死怪に置いておく必要がなくなった」
静かな声が響く。
魔王様ではない。
またしてもエイシャだった。
「理由は、それだけですよ」
「ッ!?」
心臓が大きく脈打つ。
必要がない?
今、必要がないと言ったのか?
「ど、どういう意味だ!?」
思わずエイシャへ詰め寄る。
傷口が悲鳴を上げる。
だが止まれなかった。
「グリムフィッシャー様!?」
背後でスクイッドが慌てた声を上げる。
それでも私は止まらない。
「説明しろ!」
今にも胸倉を掴みそうな勢いだった。
「何故私が不要なのだ!?」
エイシャはそんな私を見ても表情一つ変えない。
ただ冷静に告げる。
「魚人族の主戦場は海です」
淡々と。
まるで事務的な報告をするように。
「海中では強い。しかし陸上では本来の力の半分も発揮できない」
言葉が胸に突き刺さる。
「その結果、魔海の大行進は勇者によって阻止された」
さらに深く。
「そして貴方自身も重傷を負った」
容赦なく。
「地上で実力を発揮できない貴方は十死怪に必要ない」
一拍置いて、
「いえ、相応しくないと言った方が正確でしょうか」
そう締め括った。
「な……」
身体が震える。
怒りか。
屈辱か。
それとも両方か。
「なんだとォォォ!?」
怒声が玉座の間に響いた。
納得できるはずがない。
魚人族が海を主戦場とするのは当然だ。
それを理由に切り捨てるというのか。
「ならば貴様らはどうなんだ!?」
私は二人を指差した。
「勇者に敗れたのは貴様らも同じだろうが!」
怒りに任せて叫ぶ。
「それも十死怪が二人もいて敗北したのだぞ!?」
私の失態以上ではないか。
そう思わずにはいられなかった。
「本来なら剥奪どころか処刑されてもおかしくない失敗だ!」
「……あ゛ぁ?」
ダークボルトの目が鋭く細められる。
殺気が膨れ上がった。
赤い槍の穂先がこちらへ向けられる。
だが私は引かない。
図星を突かれたのだと思った。
だからこそ怒ったのだと。
しかし――
「確かに」
エイシャはあっさり頷いた。
「正確には彼が勇者と一対一で戦った後、私が不意打ちを仕掛けたので二対一という表現は少し違いますが」
「おい!」
ダークボルトが即座に突っ込む。
それでもエイシャは気にしない。
むしろ冷静だった。
異様なほどに。
「敗北したという事実は否定しません」
その態度に私は逆に戸惑った。
言い逃れもしない。
責任転嫁もしない。
まるで最初から勝敗そのものが問題ではないかのようだった。
そして次の瞬間。
エイシャは薄く微笑む。
勝ち誇るでもなく。
見下すでもなく。
ただ事実を告げるように。
「ですが――」
その一言で空気が変わった。
「私達にはまだ有用性がある」
静かな声だった。
だが、それは先程までのどんな言葉より重かった。
「貴方と違ってね」
その瞬間。
グリムフィッシャーの胸に、新たな刃が突き立てられた。