転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー64

 「……は?」

 

 思考が停止した。

 

 今、何と言った?

 

 聞き間違いではないのか。

 

 いや、聞き間違いであってほしかった。

 

 私は呆然としたままエイシャを見つめる。

 

 「今……何と言った?」

 

 自分でも驚くほど掠れた声だった。

 

 だが返答したのはエイシャではない。

 

 「だ~か~ら~よ~」

 

 後方から苛立った声が飛んでくる。

 

 「剥奪されんのはテメーだけだって言ってんだよ、魚野郎」

 

 ダークボルトだった。

 

 面倒臭そうに肩を竦めながら、まるで当然の事実を告げるかのように言い放つ。

 

 「なっ……!?」

 

 言葉を失う。

 

 理解できない。

 

 いや、理解したくなかった。

 

 何故だ。

 

 何故私だけなのだ。

 

 勇者との一件なら奴等も同罪のはずだ。

 

 エイシャも。

 

 ダークボルトも。

 

 どちらも勇者に敗れている。

 

 それなのに何故私だけ。

 

 「ど、どうしてですか魔王様!?」

 

 気付けば叫んでいた。

 

 「私が何か粗相をしたというのでしょうか!? お気に召さぬ点があったのであれば改めます!」

 

 膝を引きずるように一歩前へ出る。

 

 傷が痛む。

 

 だがそんなことはどうでもよかった。

 

 「どうか理由をお聞かせください! 剥奪だけは――!」

 

 必死だった。

 

 誇りも体裁もかなぐり捨てていた。

 

 理由さえ分かれば改善できる。

 

 そう信じたかった。

 

 だが――

 

 「貴方を十死怪に置いておく必要がなくなった」

 

 静かな声が響く。

 

 魔王様ではない。

 

 またしてもエイシャだった。

 

 「理由は、それだけですよ」

 

 「ッ!?」

 

 心臓が大きく脈打つ。

 

 必要がない?

 

 今、必要がないと言ったのか?

 

 「ど、どういう意味だ!?」

 

 思わずエイシャへ詰め寄る。

 

 傷口が悲鳴を上げる。

 

 だが止まれなかった。

 

 「グリムフィッシャー様!?」

 

 背後でスクイッドが慌てた声を上げる。

 

 それでも私は止まらない。

 

 「説明しろ!」

 

 今にも胸倉を掴みそうな勢いだった。

 

 「何故私が不要なのだ!?」

 

 エイシャはそんな私を見ても表情一つ変えない。

 

 ただ冷静に告げる。

 

 「魚人族の主戦場は海です」

 

 淡々と。

 

 まるで事務的な報告をするように。

 

 「海中では強い。しかし陸上では本来の力の半分も発揮できない」

 

 言葉が胸に突き刺さる。

 

 「その結果、魔海の大行進は勇者によって阻止された」

 

 さらに深く。

 

 「そして貴方自身も重傷を負った」

 

 容赦なく。

 

 「地上で実力を発揮できない貴方は十死怪に必要ない」

 

 一拍置いて、

 

 「いえ、相応しくないと言った方が正確でしょうか」

 

 そう締め括った。

 

 「な……」

 

 身体が震える。

 

 怒りか。

 

 屈辱か。

 

 それとも両方か。

 

 「なんだとォォォ!?」

 

 怒声が玉座の間に響いた。

 

 納得できるはずがない。

 

 魚人族が海を主戦場とするのは当然だ。

 

 それを理由に切り捨てるというのか。

 

 「ならば貴様らはどうなんだ!?」

 

 私は二人を指差した。

 

 「勇者に敗れたのは貴様らも同じだろうが!」

 

 怒りに任せて叫ぶ。

 

 「それも十死怪が二人もいて敗北したのだぞ!?」

 

 私の失態以上ではないか。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 「本来なら剥奪どころか処刑されてもおかしくない失敗だ!」

 

 「……あ゛ぁ?」

 

 ダークボルトの目が鋭く細められる。

 

 殺気が膨れ上がった。

 

 赤い槍の穂先がこちらへ向けられる。

 

 だが私は引かない。

 

 図星を突かれたのだと思った。

 

 だからこそ怒ったのだと。

 

 しかし――

 

 「確かに」

 

 エイシャはあっさり頷いた。

 

 「正確には彼が勇者と一対一で戦った後、私が不意打ちを仕掛けたので二対一という表現は少し違いますが」

 

 「おい!」

 

 ダークボルトが即座に突っ込む。

 

 それでもエイシャは気にしない。

 

 むしろ冷静だった。

 

 異様なほどに。

 

 「敗北したという事実は否定しません」

 

 その態度に私は逆に戸惑った。

 

 言い逃れもしない。

 

 責任転嫁もしない。

 

 まるで最初から勝敗そのものが問題ではないかのようだった。

 

 そして次の瞬間。

 

 エイシャは薄く微笑む。

 

 勝ち誇るでもなく。

 

 見下すでもなく。

 

 ただ事実を告げるように。

 

 「ですが――」

 

 その一言で空気が変わった。

 

 「私達にはまだ有用性がある」

 

 静かな声だった。

 

 だが、それは先程までのどんな言葉より重かった。

 

 「貴方と違ってね」

 

 その瞬間。

 

 グリムフィッシャーの胸に、新たな刃が突き立てられた。

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