転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー65

 「……何だと?」

 

 低い声が漏れた。

 

 エイシャはまるで気にも留めない様子で続ける。

 

 「私は影魔法を使い、各地への潜入や諜報活動ができます。影の兵士を生み出せば継続的な戦力の増強も可能です」

 

 淡々と。

 

 まるで報告書でも読み上げるかのように。

 

 「ダークボルトは機動力に優れる。偵察、伝令、奇襲、先制攻撃。あらゆる局面で活躍できるでしょう」

 

 そして。

 

 「では、貴方はどうですか?」

 

 その言葉に空気が変わった。

 

 「十死怪に求められるのは、地上においても明確な有用性を示せること」

 

 エイシャの視線が真っ直ぐ私へ向く。

 

 「海を離れた貴方に何が残るのです?」

 

 心臓が脈打つ。

 

 嫌な予感がした。

 

 だがエイシャは止まらない。

 

 「多少腕力が強いだけの兵士なら、魔王軍には掃いて捨てるほどいます」

 

 その一言が胸を抉る。

 

 「正直に申し上げましょう」

 

 そして奴は。

 

 私を見下ろすように告げた。

 

 「貴方は十死怪を背負うに値しない」

 

 「……ッ!」

 

 全身の血が沸騰した。

 

 「そこで私は魔王様に進言したのです」

 

 エイシャは薄く笑う。

 

 「魚人族を十死怪に置いておく必要はないのではないか、と」

 

 「エイシャァァァァァッ!!!!」

 

 怒号が玉座の間を震わせた。

 

 ようやく理解した。

 

 こいつの狙いを。

 

 勇者に敗れた責任を別の問題へすり替え、自分だけ助かろうとしているのだ。

 

 何という卑劣さ。

 

 何という狡猾さ。

 

 「貴様ぁ……!」

 

 拳を握る。

 

 血が滲むほど強く。

 

 「開き直るどころか他人を踏み台にして保身を図るか!?」

 

 怒りで声が震える。

 

 「恥を知れ、この影法師風情がァッ!!」

 

 「グ、グリムフィッシャー様!?」

 

 スクイッドが慌てて私の腕を掴む。

 

 「お、お腹の傷が開いてしまいます!」

 

 「どけッ!!」

 

 私は乱暴に振り払った。

 

 「ひゃあっ!?」

 

 スクイッドが悲鳴を上げる。

 

 だが構うものか。

 

 今の私の頭にあるのは一つだけ。

 

 エイシャを殺す。

 

 それだけだった。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 怒りに任せて歩み寄る。

 

 傷口が裂ける感覚がある。

 

 腹部から熱いものが流れ出しているのも分かった。

 

 それでも止まらない。

 

 止まれるはずがなかった。

 

 「……おい」

 

 不意に低い声が響く。

 

 「ん?」

 

 私の進路を塞ぐように、一つの影が立った。

 

 ダークボルトだ。

 

 赤い槍を肩に担ぎながら私を睨んでいる。

 

 その姿を見て私は鼻で笑った。

 

 「なるほどな」

 

 全て繋がった。

 

 「貴様ら最初からグルだったか」

 

 ダークボルトは何も言わない。

 

 だがその沈黙が答えだった。

 

 「大方、互いに尻拭いをし合う約束でもしたのだろう?」

 

 私は挑発的に笑う。

 

 「そうだろう、犬っころ」

 

 空気が凍りついた。

 

 ダークボルトの額に青筋が浮かぶ。

 

 「……捌くぞ」

 

 低い声。

 

 怒気を孕んだ声だった。

 

 「魚野郎」

 

 その瞬間。

 

 奴の全身から黒い雷が迸る。

 

 バチバチと空気を裂く音。

 

 槍の穂先がこちらへ向けられる。

 

 完全な戦闘態勢だった。

 

 「ふん」

 

 私は笑った。

 

 好都合だ。

 

 どうせならまとめて始末してやる。

 

 ここで二人を叩き潰せば証明できる。

 

 私が十死怪に相応しい存在だと。

 

 私がまだ必要な戦力だと。

 

 魔王様も考え直してくださるはずだ。

 

 「ここは陸だぞ、犬っころ」

 

 拳を握り締める。

 

 「負けた時の言い訳はできんぞ」

 

 「上等だ」

 

 ダークボルトが槍を構える。

 

 「一撃で終わらせてやる」

 

 次の瞬間。

 

 互いの殺気が爆発した。

 

 「ふんッ!!」

 

 「はあッ!!」

 

 距離はゼロ。

 

 拳と槍が同時に放たれる。

 

 衝突する。

 

 その寸前――

 

 世界が震えた。

 

 空気が凍る。

 

 魔力が重圧となって全身へ圧し掛かった。

 

 誰もが動きを止める。

 

 呼吸すら忘れる。

 

 そして玉座の間に、絶対的な声が響き渡った。

 

 ――静まれ。

 

 一言だった。

 

 たった一言。

 

 それだけで私もダークボルトも身体を硬直させる。

 

 逆らうという発想そのものを奪われる。

 

 絶対の威圧。

 

 絶対の支配。

 

 魔王軍の頂点に君臨する者だけが持つ力。

 

 そして続く。

 

 「――双方」

 

 その瞬間。

 

 私達の戦いは、魔王様の一声によって強制的に終わらされた。

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