「……何だと?」
低い声が漏れた。
エイシャはまるで気にも留めない様子で続ける。
「私は影魔法を使い、各地への潜入や諜報活動ができます。影の兵士を生み出せば継続的な戦力の増強も可能です」
淡々と。
まるで報告書でも読み上げるかのように。
「ダークボルトは機動力に優れる。偵察、伝令、奇襲、先制攻撃。あらゆる局面で活躍できるでしょう」
そして。
「では、貴方はどうですか?」
その言葉に空気が変わった。
「十死怪に求められるのは、地上においても明確な有用性を示せること」
エイシャの視線が真っ直ぐ私へ向く。
「海を離れた貴方に何が残るのです?」
心臓が脈打つ。
嫌な予感がした。
だがエイシャは止まらない。
「多少腕力が強いだけの兵士なら、魔王軍には掃いて捨てるほどいます」
その一言が胸を抉る。
「正直に申し上げましょう」
そして奴は。
私を見下ろすように告げた。
「貴方は十死怪を背負うに値しない」
「……ッ!」
全身の血が沸騰した。
「そこで私は魔王様に進言したのです」
エイシャは薄く笑う。
「魚人族を十死怪に置いておく必要はないのではないか、と」
「エイシャァァァァァッ!!!!」
怒号が玉座の間を震わせた。
ようやく理解した。
こいつの狙いを。
勇者に敗れた責任を別の問題へすり替え、自分だけ助かろうとしているのだ。
何という卑劣さ。
何という狡猾さ。
「貴様ぁ……!」
拳を握る。
血が滲むほど強く。
「開き直るどころか他人を踏み台にして保身を図るか!?」
怒りで声が震える。
「恥を知れ、この影法師風情がァッ!!」
「グ、グリムフィッシャー様!?」
スクイッドが慌てて私の腕を掴む。
「お、お腹の傷が開いてしまいます!」
「どけッ!!」
私は乱暴に振り払った。
「ひゃあっ!?」
スクイッドが悲鳴を上げる。
だが構うものか。
今の私の頭にあるのは一つだけ。
エイシャを殺す。
それだけだった。
一歩。
また一歩。
怒りに任せて歩み寄る。
傷口が裂ける感覚がある。
腹部から熱いものが流れ出しているのも分かった。
それでも止まらない。
止まれるはずがなかった。
「……おい」
不意に低い声が響く。
「ん?」
私の進路を塞ぐように、一つの影が立った。
ダークボルトだ。
赤い槍を肩に担ぎながら私を睨んでいる。
その姿を見て私は鼻で笑った。
「なるほどな」
全て繋がった。
「貴様ら最初からグルだったか」
ダークボルトは何も言わない。
だがその沈黙が答えだった。
「大方、互いに尻拭いをし合う約束でもしたのだろう?」
私は挑発的に笑う。
「そうだろう、犬っころ」
空気が凍りついた。
ダークボルトの額に青筋が浮かぶ。
「……捌くぞ」
低い声。
怒気を孕んだ声だった。
「魚野郎」
その瞬間。
奴の全身から黒い雷が迸る。
バチバチと空気を裂く音。
槍の穂先がこちらへ向けられる。
完全な戦闘態勢だった。
「ふん」
私は笑った。
好都合だ。
どうせならまとめて始末してやる。
ここで二人を叩き潰せば証明できる。
私が十死怪に相応しい存在だと。
私がまだ必要な戦力だと。
魔王様も考え直してくださるはずだ。
「ここは陸だぞ、犬っころ」
拳を握り締める。
「負けた時の言い訳はできんぞ」
「上等だ」
ダークボルトが槍を構える。
「一撃で終わらせてやる」
次の瞬間。
互いの殺気が爆発した。
「ふんッ!!」
「はあッ!!」
距離はゼロ。
拳と槍が同時に放たれる。
衝突する。
その寸前――
世界が震えた。
空気が凍る。
魔力が重圧となって全身へ圧し掛かった。
誰もが動きを止める。
呼吸すら忘れる。
そして玉座の間に、絶対的な声が響き渡った。
――静まれ。
一言だった。
たった一言。
それだけで私もダークボルトも身体を硬直させる。
逆らうという発想そのものを奪われる。
絶対の威圧。
絶対の支配。
魔王軍の頂点に君臨する者だけが持つ力。
そして続く。
「――双方」
その瞬間。
私達の戦いは、魔王様の一声によって強制的に終わらされた。