転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー66

 「魔王……様?」

 

 「ちっ……!」

 

 魔王様の一声が響いた瞬間だった。

 

 私とダークボルトの攻撃は互いの顔面寸前で停止する。

 

 あと僅かでも遅れていれば、確実にどちらかが血を流していただろう。

 

 衝突寸前だった拳と槍。

 

 その余波だけで空気が弾け、鋭い衝撃波が生まれる。

 

 私の頬が浅く裂けた。

 

 ダークボルトの頬にも同じような傷が刻まれる。

 

 だが、その程度の傷など誰も気にしない。

 

 私は拳を下ろし、ダークボルトは舌打ちと共に槍を引いた。

 

 互いに戦意は残っている。

 

 それでも手を出せない。

 

 魔王様が止めたからだ。

 

 逆らうという選択肢そのものが存在しなかった。

 

 ――グリムフィッシャーよ。

 

 重々しい声が玉座の間に響く。

 

 「は、ははぁ!」

 

 私は即座に膝をついた。

 

 玉座の奥に座す魔王様。

 

 その御姿は暗闇に溶け込み、ほとんど視認できない。

 

 だが、その存在感だけは嫌というほど伝わってくる。

 

 巨大。

 

 圧倒的。

 

 私など足元にも及ばぬ存在。

 

 魔王様は私の何倍もの巨体を持つ。

 

 しかし不思議なことに、その声は耳元で囁かれているかのように鮮明だった。

 

 魔王様は決して口を開かれない。

 

 神にも等しき御方が、我らのような矮小な存在と言葉を交わすことなど本来あり得ない。

 

 それでも会話が成立するのは、魔王様だけが扱う特別な魔法のおかげだった。

 

 その力によって魔王城は隠され続けている。

 

 その力によって人類は未だ魔王様へ辿り着けない。

 

 その力によって魔王軍は存続している。

 

 まさしく奇跡。

 

 いや、神業と呼ぶべき力だった。

 

 だが、その代償として魔王様は城から動くことができない。

 

 だからこそ我ら十死怪が存在する。

 

 魔王様の悲願を叶えるための手足として。

 

 ――余の望みは、あの地を制圧すること。

 

 低く響く声。

 

 誰も口を挟めない。

 

 ――そのためには地上で戦える力が必要だ。

 

 私は息を呑む。

 

 嫌な予感がした。

 

 ――此奴らの言う通り、エイシャとダークボルトには戦場で果たせる役割がある。

 

 淡々と。

 

 感情を交えず。

 

 魔王様は続ける。

 

 ――故に、此度の失態は不問とした。

 

 「な、ならば!」

 

 私は思わず顔を上げた。

 

 まだ終わっていない。

 

 まだ間に合う。

 

 そう信じたかった。

 

 「私めも戦場で役に立ってみせます! ですからどうか、もう一度だけ機会を――」

 

 ――グリムフィッシャー。

 

 その一言で口が止まる。

 

 ――貴様には何がある。

 

 「……え?」

 

 理解できなかった。

 

 魔王様は続ける。

 

 ――余の目的。

 

 ――ひいては今後の戦争において。

 

 ――貴様が必要だと余に言わせるだけの価値があるのか。

 

 ――今ここで示してみせよ。

 

 「そ、それは……」

 

 言葉が出ない。

 

 海滅隊は壊滅状態。

 

 兵力は失われた。

 

 私は重傷を負っている。

 

 仮に全快したところで陸上では本来の力を発揮できない。

 

 新たな戦略もない。

 

 特別な能力もない。

 

 何一つ。

 

 何一つ証明できるものがなかった。

 

 沈黙。

 

 それが答えだった。

 

 やがて魔王様は静かに告げる。

 

 ――やはり貴様は十死怪には不要だな。

 

 「ッ!?」

 

 心臓が止まったかと思った。

 

 「お、お待ちください魔王様!」

 

 私は必死に頭を下げる。

 

 「貴方様のためなら命すら惜しくありません! 必ずや目的を達成し――」

 

 ――もうよい。

 

 その一言で全てが断ち切られた。

 

 ――貴様とグランドオーダーの席は既に埋めてある。

 

 「……な」

 

 思考が停止する。

 

 席が埋まっている?

 

 つまり。

 

 最初から。

 

 私に戻る場所など存在しなかったということか。

 

 ――十死怪の称号剥奪は決定事項だ。

 

 「そんな……」

 

 力が抜ける。

 

 「魔王様……どうか……」

 

 ――用件は済んだ。

 

 冷徹な宣告。

 

 そして最後に。

 

 ――去れ。

 

 それだけだった。

 

 慈悲もない。

 

 温情もない。

 

 覆る余地もない。

 

 完全なる決定。

 

 完全なる拒絶。

 

 私は何も証明できなかった。

 

 何も示せなかった。

 

 こうして私は魔王城を追われる。

 

 そして同時に――

 

 十死怪の名も失ったのだった。

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