その後の私は、まるで抜け殻だった。
身体の傷は癒えた。
勇者に斬られた傷も。
魔海の大行進で受けた損傷も。
今ではほとんど残っていない。
だが――
心だけは違った。
「……」
起き上がる気力が湧かない。
何をする気にもなれない。
私は自室の寝台に横たわったまま、ただ天井を眺め続けていた。
そんな日々が続いていた。
「グリムフィッシャー様。お気分はいかがでしょうか?」
扉の向こうから聞こえる声。
スクイッドだった。
あれ以来、奴は定期的に様子を見に来る。
食事を運び。
怪我の具合を確認し。
何かと世話を焼いてくる。
「……」
だが、私は答えない。
答える気になれなかった。
奴なりに心配しているのだろう。
そんなことは分かっている。
だが分かったところでどうにもならない。
私の気持ちなど、誰にも理解できるはずがないのだから。
「……くそ」
自然と呟きが漏れる。
そして次第に声が大きくなる。
「くそ……!」
胸の奥から怒りが込み上げてくる。
「くそっ!」
拳を握り締める。
「くそッ!!」
寝台を叩く。
「くそおおおおおッ!!」
「ひいっ!?」
扉の向こうで悲鳴が上がった。
慌てた足音が遠ざかっていく。
どうやらスクイッドは逃げ出したらしい。
私は追わなかった。
むしろ好都合だった。
一人になれる。
今の私には、それが何よりありがたかった。
やがて部屋は静寂に包まれる。
聞こえるのは自分の呼吸だけ。
そして私は、また考える。
あの日のことを。
魔王城での出来事を。
十死怪の称号を剥奪された瞬間を。
最近はそればかりだった。
飯は食っている。
スクイッドが運んでくるものを口にはしている。
だが味など覚えていない。
腹が減っているのかどうかすら分からない。
考え事ばかりしているせいだ。
もっとも魚人族は多少食わなくても生きられる。
水さえあれば一週間程度は問題ない。
だから余計に生活が荒れていった。
「……違う」
私は呟く。
何度も何度も繰り返した結論を。
「違う」
そして確信する。
「きっと、あの方は騙されたのだ」
寝台の上で天井を睨む。
そうだ。
そうに決まっている。
魔王様が間違えるはずがない。
ならば原因は別にある。
エイシャだ。
あの影法師が余計な入れ知恵をしたに違いない。
奴は口が回る。
頭も切れる。
都合の悪い話を隠し、自分に有利な情報だけを並べることくらい容易だろう。
「そうだ……奴らのせいだ」
私の失態を大袈裟に語り。
自分達の敗北は矮小化する。
そして私だけを切り捨てる。
実に奴らしいやり方ではないか。
「くそっ……!」
思い出すだけで腹が立つ。
だが同時に理解もしていた。
口論でエイシャに勝つのは難しい。
奴は言葉の化け物だ。
まともにやり合えば、また丸め込まれるだけだろう。
「ならば別の方法しかあるまい」
私は目を閉じる。
魔王様のお言葉を思い出す。
――貴様には何がある。
――余に必要だと言わせるだけの価値を示せ。
あの問い。
あれこそが全てだった。
魔王様は結果を求めている。
忠誠心ではない。
根性でもない。
戦争に勝つための価値だ。
クルーシア王国を征服するための力。
地上を制圧するための戦力。
それが必要なのだ。
だから私が選ばれた。
海から侵攻する戦力として。
魚人族という種族に価値を見出してくださったのだ。
だが――
私は期待に応えられなかった。
魔海の大行進は失敗。
海滅隊は壊滅状態。
陸上では本来の力を発揮できない。
その事実を突かれた。
そして十死怪から追放された。
「……」
私は考える。
どうすれば覆せる。
どうすれば魔王様に再び認めていただける。
どうすれば十死怪へ返り咲ける。
答えは一つしかない。
価値を示すこと。
誰にも否定できない価値を。
魚人族が地上でも戦えると証明できれば。
陸上でも海中と同等の力を発揮できれば。
その時こそ――
「……待てよ」
そこで私は目を見開いた。
脳裏に、一つの考えが閃く。