転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー72

 「【火球《フレール》】――【炎衝拳(インパクト)】ォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 「ぐはぁぁぁぁぁっ!?」

 

 魔導結界の完成まで残り五秒。

 

 勝利は目前だった。

 

 あと少しでこの空間は完全な海と化し、私の独壇場となるはずだった。

 

 その瞬間――。

 

 赤く膨張した小僧の拳が私の腹部を貫いた。

 

 凄まじい衝撃。

 

 いや、それはもはや爆発だった。

 

 体内で炸裂した灼熱の一撃は私の肉体を容易く吹き飛ばし、私は吐血しながら結界の外へと弾き飛ばされる。

 

 何が起きたのか理解できなかった。

 

 あの小僧は、つい先程まで私にまともな一撃すら与えられなかったはずだ。

 

 それなのに。

 

 一体どこに、あれほどの力を隠していたというのだ。

 

 「ごはっ……!」

 

 大量の血が口から溢れる。

 

 意識が霞む。

 

 だが、思考だけは妙に鮮明だった。

 

 奴の魔法は炎。

 

 海中では最も不利な属性の一つ。

 

 本来なら私に勝てるはずがない。

 

 だが、あの小僧は違った。

 

 炎を外へ放つのではなく、自らの右腕へ閉じ込めたのだ。

 

 魔力で肉体そのものを強化し、最後の瞬間に解放した。

 

 正気の沙汰ではない。

 

 一歩間違えば右腕が吹き飛ぶ。

 

 いや、制御を誤れば自分自身が焼き尽くされていたはずだ。

 

 そんな危険な策を、あの小僧は躊躇なく実行した。

 

 「ごふっ……!」

 

 再び血を吐く。

 

 身体が言うことを聞かない。

 

 奴の一撃は表面だけを破壊したのではなかった。

 

 衝撃が内側まで到達し、内臓という内臓を蹂躙している。

 

 心臓部を中心に大量出血を起こしているのが分かった。

 

 力が入らない。

 

 指先すらまともに動かせない。

 

 このままでは死ぬ。

 

 確実に。

 

 「ぐ……おおぉぉぉぉっ!!」

 

 それでも私は抗った。

 

 震える腕に力を込める。

 

 変体魔法を使うのだ。

 

 腕でも足でも構わない。

 

 どこか一部を切り離し、新たな肉体を生成する。

 

 新しい血を循環させれば、まだ助かる可能性は残されている。

 

 どれほど無様でも構わない。

 

 どれほど醜くとも構わない。

 

 私は生きねばならない。

 

 再び魔王様に認めていただくために。

 

 十死怪へ返り咲くために。

 

 その悲願を果たすまでは――。

 

 「ッ!?」

 

 その時だった。

 

 何かが海上から凄まじい速度で落下してくる。

 

 最初は岩かと思った。

 

 だが違う。

 

 人影だ。

 

 しかも――。

 

 「ぐおっ!?」

 

 次の瞬間、その物体が私へ激突した。

 

 ただでさえ瀕死だった身体に追撃が加わり、私は抵抗する間もなく海底へ叩き落とされる。

 

 視界が揺れる。

 

 薄れゆく意識の中で、その正体が見えた。

 

 私の部下だった。

 

 海滅隊の一員。

 

 すでに事切れている。

 

 どうやら竜巻のような魔法によって無理やりここまで運ばれてきたらしい。

 

 恐らく上ではまだ戦いが続いていたのだろう。

 

 まさかこんな形で巻き込まれるとは。

 

 上空からの奇襲など想定していなかった。

 

 「が……はっ……」

 

 最後に残っていた力も完全に失われた。

 

 身体が沈む。

 

 部下の亡骸と共に。

 

 暗く冷たい海の底へ。

 

 意識もゆっくりと沈んでいく。

 

 ああ。

 

 あと少しだった。

 

 本当にあと少しだったのだ。

 

 魔導結界を完成させていれば勝てた。

 

 十死怪への復帰も夢ではなかった。

 

 魔王様のお役に立てたかもしれなかった。

 

 それなのに。

 

 まさか脆弱な稚魚二匹に、この私が敗れるとは。

 

 「……も……申し……わけ……ありま……せん……」

 

 無意識のうちに言葉が漏れる。

 

 誰に向けたものかなど分かりきっていた。

 

 「まおう……さま……」

 

 結局、私は期待に応えられなかった。

 

 あの御方に再び認められることも。

 

 いずれ訪れる大戦に参戦することも。

 

 何一つ果たせぬまま終わる。

 

 どうか、お許しください。

 

 どうか――。

 

 「……」

 

 返事はない。

 

 あるはずもない。

 

 深海のような静寂だけが周囲を包んでいた。

 

 そして。

 

 暗い、暗い海の底で。

 

 私の意識は静かに途絶えた。

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