「はぁ……はぁ……はぁ……」
渾身の一撃を叩き込み、グリムフィッシャーを魔導結界の外へ吹き飛ばした自分は、その場で荒い呼吸を繰り返していた。
全身から滝のような汗が流れ落ちる。
肺が焼けるように痛い。
そして何より、右腕が酷く熱を持っていた。
だが、それだけで済んだのは不幸中の幸いだろう。
最悪の場合、腕そのものを失っていてもおかしくなかったのだから。
「火球《フレール》・【
思わず小さく呟く。
土壇場で生み出した新たな技。
魔法というより、むしろ必殺技と呼ぶ方がしっくりくる。
火球を生成する際のイメージを応用し、その魔力の大半を右腕の内部へ集中させる。
炎を外へ放つのではなく、腕の中へ圧縮し続けることで爆発的な熱量を蓄積。
そして拳が命中した瞬間、一気に解放する。
単純な発想だが、その威力は想像以上だった。
さらに今回は部分魔力強化《パージング》も併用している。
右腕そのものを強化し、爆発的な出力に耐えられるよう補強したのだ。
おかげで威力は飛躍的に向上した。
もっとも――。
少しでも加減を誤れば終わっていた。
火力の調整を間違えれば右腕が吹き飛ぶ。
強化が足りなければ骨や筋肉が耐え切れず破壊される。
逆に強化へ魔力を割きすぎれば火力不足になる。
文字通り綱渡りだった。
それでも成功したのには理由がある。
授業で習ったイメージの明確化。
魔法は想像力が全てだと、何度も教えられてきた。
炎をどのように生み出し、どのように留め、どの程度の規模で解放するのか。
その過程を鮮明に思い描けたからこそ、ギリギリの制御が可能だった。
もしあの訓練を受けていなければ。
もしイメージが曖昧だったなら。
今頃、自分の右腕は無事では済まなかっただろう。
「はぁ……はぁ……」
だが、分析は後だ。
まだ戦いは終わっていない。
「それより……早くここから脱出しないと――」
そう言いかけた瞬間だった。
「うおっ!?」
背筋に悪寒が走る。
グリムフィッシャーは倒した。
魔導結界も崩壊した。
だが、その代償を完全に失念していた。
結界が消えたということは――。
結界の外に存在していた海水との隔たりも消えたということだ。
次の瞬間。
轟音と共に結界の亀裂部分から大量の海水が雪崩れ込んできた。
「しまった!」
慌ててマヒロの方を見る。
気絶したまま倒れている彼女を連れて脱出しなければならない。
だが、判断が一瞬遅かった。
「マズイ! マヒ――ぼぼっ!?」
振り返った時には、すでに巨大な水の壁が目前まで迫っていた。
回避は不可能。
激流が背中へ直撃する。
全身が吹き飛ばされるような衝撃。
反射的に息を吸おうとしてしまい、口の中へ海水が流れ込んだ。
塩辛い感覚が喉を焼く。
「ごほっ……!」
完全に失敗した。
深呼吸する暇すらなかった。
そのまま結界は崩壊。
残されていた空間は一瞬で海へ飲み込まれる。
視界が青く染まった。
そして――。
マヒロの姿が沈んでいく。
「っ!」
彼女はまだ意識を取り戻していない。
力なく漂いながら海底へ沈んでいく。
このままでは危ない。
急いで捕まえなければ。
「んんっ!」
自分は必死に手を伸ばした。
しかし右腕はまともに動かない。
炎衝拳の反動がまだ残っている。
痺れたような感覚が続き、力が入らなかった。
だから左腕を伸ばす。
必死に。
懸命に。
あと少し。
あと少しで届く。
そして――。
指先が彼女の身体に触れた。
逃がすものか。
自分はそのまま強引に引き寄せる。
「っ!」
ようやく捕まえた。
胸の前へ抱き寄せ、両腕でしっかりと支える。
もう離さない。
一度でも手放せば終わりだ。
自分の息も長くは持たない。
だからこそ絶対に離してはならない。
何があっても。
必ず連れて帰る。
その決意を胸に、自分はマヒロを抱えたまま上を見上げた。
遥か遠くに見える水面。
そこだけが唯一の生還ルートだった。
焦って浮上すれば減圧症の危険がある。
だが、遅すぎても息が続かない。
難しい判断だった。
それでも自分は慎重に足を動かす。
ゆっくりと。
一歩ずつ。
マヒロの様子を確認しながら。
彼女を抱き締めたまま、二人で生還するために。
自分は静かな海の中を、水面へ向かって浮上し始めた。