転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー73

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 渾身の一撃を叩き込み、グリムフィッシャーを魔導結界の外へ吹き飛ばした自分は、その場で荒い呼吸を繰り返していた。

 

 全身から滝のような汗が流れ落ちる。

 

 肺が焼けるように痛い。

 

 そして何より、右腕が酷く熱を持っていた。

 

 だが、それだけで済んだのは不幸中の幸いだろう。

 

 最悪の場合、腕そのものを失っていてもおかしくなかったのだから。

 

 「火球《フレール》・【炎衝拳(インパクト)】……か」

 

 思わず小さく呟く。

 

 土壇場で生み出した新たな技。

 

 魔法というより、むしろ必殺技と呼ぶ方がしっくりくる。

 

 火球を生成する際のイメージを応用し、その魔力の大半を右腕の内部へ集中させる。

 

 炎を外へ放つのではなく、腕の中へ圧縮し続けることで爆発的な熱量を蓄積。

 

 そして拳が命中した瞬間、一気に解放する。

 

 単純な発想だが、その威力は想像以上だった。

 

 さらに今回は部分魔力強化《パージング》も併用している。

 

 右腕そのものを強化し、爆発的な出力に耐えられるよう補強したのだ。

 

 おかげで威力は飛躍的に向上した。

 

 もっとも――。

 

 少しでも加減を誤れば終わっていた。

 

 火力の調整を間違えれば右腕が吹き飛ぶ。

 

 強化が足りなければ骨や筋肉が耐え切れず破壊される。

 

 逆に強化へ魔力を割きすぎれば火力不足になる。

 

 文字通り綱渡りだった。

 

 それでも成功したのには理由がある。

 

 授業で習ったイメージの明確化。

 

 魔法は想像力が全てだと、何度も教えられてきた。

 

 炎をどのように生み出し、どのように留め、どの程度の規模で解放するのか。

 

 その過程を鮮明に思い描けたからこそ、ギリギリの制御が可能だった。

 

 もしあの訓練を受けていなければ。

 

 もしイメージが曖昧だったなら。

 

 今頃、自分の右腕は無事では済まなかっただろう。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 だが、分析は後だ。

 

 まだ戦いは終わっていない。

 

 「それより……早くここから脱出しないと――」

 

 そう言いかけた瞬間だった。

 

 「うおっ!?」

 

 背筋に悪寒が走る。

 

 グリムフィッシャーは倒した。

 

 魔導結界も崩壊した。

 

 だが、その代償を完全に失念していた。

 

 結界が消えたということは――。

 

 結界の外に存在していた海水との隔たりも消えたということだ。

 

 次の瞬間。

 

 轟音と共に結界の亀裂部分から大量の海水が雪崩れ込んできた。

 

 「しまった!」

 

 慌ててマヒロの方を見る。

 

 気絶したまま倒れている彼女を連れて脱出しなければならない。

 

 だが、判断が一瞬遅かった。

 

 「マズイ! マヒ――ぼぼっ!?」

 

 振り返った時には、すでに巨大な水の壁が目前まで迫っていた。

 

 回避は不可能。

 

 激流が背中へ直撃する。

 

 全身が吹き飛ばされるような衝撃。

 

 反射的に息を吸おうとしてしまい、口の中へ海水が流れ込んだ。

 

 塩辛い感覚が喉を焼く。

 

 「ごほっ……!」

 

 完全に失敗した。

 

 深呼吸する暇すらなかった。

 

 そのまま結界は崩壊。

 

 残されていた空間は一瞬で海へ飲み込まれる。

 

 視界が青く染まった。

 

 そして――。

 

 マヒロの姿が沈んでいく。

 

 「っ!」

 

 彼女はまだ意識を取り戻していない。

 

 力なく漂いながら海底へ沈んでいく。

 

 このままでは危ない。

 

 急いで捕まえなければ。

 

 「んんっ!」

 

 自分は必死に手を伸ばした。

 

 しかし右腕はまともに動かない。

 

 炎衝拳の反動がまだ残っている。

 

 痺れたような感覚が続き、力が入らなかった。

 

 だから左腕を伸ばす。

 

 必死に。

 

 懸命に。

 

 あと少し。

 

 あと少しで届く。

 

 そして――。

 

 指先が彼女の身体に触れた。

 

 逃がすものか。

 

 自分はそのまま強引に引き寄せる。

 

 「っ!」

 

 ようやく捕まえた。

 

 胸の前へ抱き寄せ、両腕でしっかりと支える。

 

 もう離さない。

 

 一度でも手放せば終わりだ。

 

 自分の息も長くは持たない。

 

 だからこそ絶対に離してはならない。

 

 何があっても。

 

 必ず連れて帰る。

 

 その決意を胸に、自分はマヒロを抱えたまま上を見上げた。

 

 遥か遠くに見える水面。

 

 そこだけが唯一の生還ルートだった。

 

 焦って浮上すれば減圧症の危険がある。

 

 だが、遅すぎても息が続かない。

 

 難しい判断だった。

 

 それでも自分は慎重に足を動かす。

 

 ゆっくりと。

 

 一歩ずつ。

 

 マヒロの様子を確認しながら。

 

 彼女を抱き締めたまま、二人で生還するために。

 

 自分は静かな海の中を、水面へ向かって浮上し始めた。

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