木箱の中身は、空のものもあれば、ぎっしり詰まっているもの、わずかに残っているものと、まちまちだった。
「……」
一見すれば普通の光景かもしれない。それでも、私の胸には小さな違和感が引っかかっていた。だが、これだけではまだ確信には至らない。
「そうだ。一個ずつ確認してみれば……」
そう思った瞬間、別の検証方法が浮かんだ。列を変え、上から順に中身を確かめていけば、この違和感の正体がはっきりするはずだ。
――そして結果は、予想通りだった。
三段に積まれた木箱のうち、一番上の段はまったく減っていない。だが真ん中の段はかなり内容が減り、一番下の段に至っては完全に空になっていた。
明らかにおかしい。普通、物を取り出すなら上から使う。手間も少なく、効率がいい。それに、入り口近くの箱から取った方が移動の手間もないはずだ。なのに実際には、中央付近の、しかも下段の箱から優先的に消費されている。
「……儀式って、供物や生贄を捧げたりするものじゃなかったっけ?」
木箱の謎を考えるうち、新たな疑問が湧いた。絵本や漫画で見た悪しき儀式には、必ずと言っていいほど“捧げもの”が登場する。サダメは、この儀式が成功すれば半永久的に結界を維持できると言っていた。それほど大規模な術なら、相応の代価が必要なはずだ。
「……まさか」
そこで、点と点がつながった。
魔造種《マド・シード》には膨大な魔力が宿っている。儀式に必要なのは大量の魔力。そしてサダメは“魔力コストはかからない”と言っていた――けれど、それは外部から魔力を供給していない、という意味だったのだ。
つまり、魔造種そのものを燃料にしている。
「ということは……方陣は、この倉庫そのもの!」
気づいた瞬間、すべてが腑に落ちた。倉庫全体が巨大な魔方陣であり、儀式の進行とともに魔造種が少しずつ消費されている。だから下段の箱から順に空になっていたのだ。
「方陣を止めるには壊さなきゃいけない。でも、この倉庫自体が方陣ってことは……」
理解した途端、新たな問題が現れる。方陣を破壊するということは、この倉庫そのものを破壊しなければならない、ということだった。
「まいったな……私一人で、ここを壊すなんて無理に決まってるよ……」
私はサダメのように攻撃魔法を扱えない。できるのは簡単な治療と、風で物を浮かせる程度。倉庫を破壊するには、どう考えても彼の力が必要だ。
けれど彼は今、囮役として魔物を引きつけている最中。呼び戻すわけにはいかない。
「ダメダメ。弱気になってる場合じゃない!」
皆の努力を無駄にするわけにはいかない。だから、自分一人でもできる方法を考えなければならない。私は頬を叩き、無理やり気合を入れた。
「でも、時間がない……どうする?」
現実は厳しい。考えている間にも時は過ぎていく。サダメがいくら強くても、魔物を引きつけ続ければ、いつか限界が来る。そうなれば作戦は失敗だ。急がなければならない。
「そうだ……魔造種を全部外に出せば――」
ひらめきはしたが、すぐに問題が見えた。ここにある木箱は数が多すぎる。出口は一つ、窓もない。風魔法で浮かせられる箱はせいぜい五、六個。すべて運び出すには、時間が足りない。しかも薄暗い倉庫の中では作業効率も悪い。
「……やっぱり、壊すしかないか」
遠回りはできない。倉庫そのものを破壊する方法を考えるしかない。
「私の風魔法で壊せるかわからない。でも……一か八か、やるしかない!」
そのとき、以前サダメから聞いた魔法の基礎を思い出す。
――魔法で最も大切なのは“イメージ”。
魔力を、別の現象へと変換する明確なイメージ。それが強いほど、魔法は現実になる。
彼が詠唱なしで炎を生み出せるのは、魔力を炎へ変えるイメージを完全に掴んでいるからだ。私だって治療魔法も風魔法も使える。ならば――嵐のような暴風を思い描ければ、この倉庫すら壊せるかもしれない。
「……嵐が吹き荒れるイメージを」
私は目を閉じ、手のひらに風を生む。木箱を浮かせる程度の、いつもの風。ここまでは簡単だ。
――ここから先は、未知の領域。
この風を、すべてを薙ぎ払う嵐へと変える。
そう、強く――強く思い描く。