「……んっ」
マヒロへ人工呼吸を施しながら、自分は必死に彼女の様子を窺っていた。
正直、上手くできている自信はない。
前世の知識と漫画やアニメで見た記憶を頼りに行っただけだ。
専門的な知識があるわけでもなければ、実際に経験したこともない。
だから本当に正しい方法なのかは分からない。
それでも――。
少なくとも効果はあったらしい。
先ほどまで苦しそうだったマヒロの様子は多少落ち着き、呼吸を求めるような反応も弱まっていた。
完全に安心できる状態ではない。
だが、ひとまず最悪の事態は回避できたはずだ。
もし判断があと少し遅れていたら。
そう考えるだけで背筋が冷たくなる。
「……ふぅ」
肺の奥に残っていた空気を吐き出す。
あくまで一時しのぎ。
本当に助かったわけではない。
海面へ辿り着かなければ意味がない。
そして、海面へ出た後も安心はできない。
マヒロの意識は戻っていない。
身体の状態も分からない。
早くミオに診てもらわなければならない。
だから立ち止まるわけにはいかなかった。
「……んんっ!」
自分は抱えているマヒロを離さないよう注意しながら、痺れの残る右手へ意識を集中させる。
右腕は未だにまともに動かない。
炎衝拳の反動が想像以上に大きかったのだろう。
感覚も鈍い。
だが、魔法を使うだけなら何とかなる。
左腕はマヒロを支えるので精一杯。
使えるのは右手しかなかった。
「位置を知らせないと……」
海上で戦っている皆に。
そして何よりミオに。
こちらの居場所を知らせる必要がある。
本当なら空へ向けて放つべきだろう。
だが、右腕を自由に動かせない以上、それは難しい。
ならば下でも構わない。
光さえ発生すれば異変には気付くはずだ。
「んっ!!」
意識を集中する。
魔力を練り上げる。
そして――。
「【
右手から放たれた光の球が海中へ飛び出した。
本気を出しすぎると、以前のように巨大な光の柱となってしまう。
それでは逆に眩しすぎて位置が分かりにくい。
だから出力は八割程度に抑えた。
すると、海の底へ向かって放たれた光球は強烈な輝きを放ちながら周囲を照らし出す。
暗かった海中が一瞬で昼間のように明るくなる。
思わず自分まで目を細めてしまうほどだった。
「これなら……」
誰かが気付いてくれるはずだ。
少なくとも異常な光が発生していることくらいは分かるだろう。
後はミオが察してくれるかどうか。
そこは信じるしかない。
「……ふぅ。よし」
ひとまずやれることはやった。
自分は再び上を見上げる。
遥か彼方に揺らめく海面。
まだ遠い。
だが確実に近付いている。
少しずつ。
少しずつだ。
焦るな。
焦れば失敗する。
そう自分へ言い聞かせながら、マヒロを抱えたまま再び浮上を始める。
ゆっくりと。
慎重に。
減圧症の危険も考慮しながら。
「……」
途中、何度もマヒロの顔を確認する。
相変わらず意識は戻っていない。
だが先ほどより表情は穏やかだった。
呼吸も落ち着いているように見える。
少しだけ安心する。
もっとも――。
今この状況で目を覚まされるのも、それはそれで困るのだが。
人工呼吸の件もある。
腕の中で抱きかかえている状況もある。
説明を求められたらかなり気まずい。
いや、むしろ怒られる可能性の方が高いかもしれない。
だが目覚めなければ目覚めないで不安になる。
我ながら勝手なものだ。
そんなことを考えながら苦笑する。
そして。
二人は着実に海面へ近付いていた。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――。
「ッ!?」
突如として海中全体を震わせるような轟音が響いた。
嫌な音だった。
まるで巨大な何かが動き出したような。
本能が危険を訴えるような音。
思わず全身に緊張が走る。
「なんだ……?」
周囲を見渡す。
敵の攻撃か。
それとも海流の変化か。
まさか――。
グリムフィッシャーがまだ生きているのか?
嫌な予感が脳裏をよぎる。
ここまで来て再び戦闘など冗談ではない。
あと少しで海面なのだ。
あと少しで助かるというのに。
「くそ……!」
警戒しながら周囲へ視線を巡らせる。
そして次の瞬間。
「ん゛っ!?」
視界の端に、何か巨大な影が映った。
それは凄まじい速度で海中を突き進み――。
一直線に自分達へ向かってきていた。