「いいかい? ここから少し左寄りで距離は三百メートルほどだ。水圧の影響があるからな。無理に引き上げれば身体が耐えられない。防御壁で包みながら浮上させるんだ。できそうかい?」
「はい! やります!!」
ソンジさんの指示を聞きながら、私は遠くの海面に浮かぶ光へ意識を集中させる。
水中深くにいる人を一気に引き上げるのは危険らしい。
だから防御魔法で外部の影響を遮断しながら運ばなければならない。
しかも助ける相手は二人。
失敗は許されない。
難しいことくらい分かっている。
それでも――。
今、二人を助けられるのは私しかいない。
「……唸れ海風よ。荒れる海域に一つの防壁を生み落とし、抗う術を与えたまえ」
震える指先を握り締める。
視線の先にあるのは、海中から漏れ出す淡い光。
二人の位置を正確に捉えることはできない。
ならば、その周辺ごと包み込めばいい。
私は光を覆い隠せるほど巨大な魔法陣を展開した。
「――【
詠唱が完成した瞬間。
海面が大きく盛り上がった。
轟音と共に巨大な渦が発生し、その中心から天へ届かんばかりの大竜巻が姿を現す。
「ッ!? な、なんだあれ!?」
「竜巻だと!?」
冒険者達が驚愕の声を上げる。
だが私は振り返らない。
両手を前へ突き出し、全力で魔法を制御する。
「くっ……!」
凄まじい重量感が全身にのしかかる。
まるで海そのものを引っ張っているようだった。
それでも力を緩めない。
絶対に届かせる。
絶対に助ける。
巨大な竜巻は轟々と唸りながら海上を疾走した。
距離三百メートル。
その距離を僅か数秒で駆け抜ける。
「えやあぁぁぁっ!!」
私の叫びと共に竜巻が砂浜へ到達した。
直後、大量の海水が周囲へ降り注ぐ。
まるで豪雨のような水飛沫が砂浜を叩き、視界を白く染め上げた。
「はあ……っ、はあ……っ、はあ……っ……」
魔法が解けた途端、全身から力が抜ける。
膝が笑う。
肺が焼けるように熱い。
心臓は今にも破裂しそうなほど激しく脈打っていた。
限界だった。
あと一回同じことをやれと言われても無理だろう。
そう思った、その時だった。
「お、おい!! 見ろ!!」
再び冒険者達の声が響く。
私は重たい身体を無理やり動かし、ゆっくりと顔を上げた。
『サダメ!! マヒロ!!』
フィーちゃんの悲鳴にも似た声が聞こえる。
水飛沫の向こう。
砂浜に横たわる二つの人影が見えた。
サダメ。
そしてマヒロ。
二人ともぐったりと倒れたまま動かない。
「二人共、大丈夫か!?」
ソンジさんが慌てて駆け寄る。
私は息が上がり過ぎて声も出せない。
ただ祈ることしかできなかった。
お願い。
お願いだから無事でいて。
死なないで。
ソンジさんは二人の脈を測り、呼吸を確認する。
長く感じる沈黙が流れた。
数秒のはずなのに、まるで何分も経ったように思える。
『ど、どうですか……!?』
フィーちゃんが不安そうに尋ねる。
そして――。
「……大丈夫だ」
ソンジさんが安堵したように息を吐いた。
「二人とも息をしている。脈もある。ちゃんと生きてるよ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
胸の奥で張り詰めていた何かが切れる。
ドクン――。
心臓が大きく一度だけ脈打った。
「……よ、よかっ……たぁ……」
掠れた声が漏れる。
助かった。
二人とも生きていた。
本当に。
本当に良かった。
『ッ!? ミオ!?』
フィーちゃんの声が遠くなる。
急に身体から力が抜けていく。
視界がぼやける。
意識も霞んでいく。
どうやら無意識のうちに気を張り続けていたらしい。
安心した途端、その反動が一気に押し寄せてきた。
支えを失った身体は前へ倒れる。
もう指一本動かせない。
けれど不思議と不安はなかった。
だって助けられたから。
サダメも。
マヒロも。
ちゃんと生きていたから。
私は微かに笑みを浮かべながら、そのまま深い眠りへ落ちていった。