「んっ……んん……」
あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。意識がゆっくりと浮上し、重い瞼を開けようとした。
「……ん?」
しかし、目を開けるよりも先に違和感が全身を襲った。身体が妙に重い。痛みはない。ただ、温かくて柔らかい何かが、全体に覆い被さっているような感覚だ。押しつぶされるほどではないが、明らかに異常な重みがある。
「……?」
状況を確認しようと、恐る恐る目を開ける。半ば恐怖心を抱きながらも、このもやもやとしたままでは嫌だった。腹を括って——
「んっ……んー……」
「なっ!?」
視界に飛び込んできたのは、自分の胸のあたりにぴったりと顔を埋めている、黒髪のポニーテール。見覚えのある寝顔に、すぐに察しがついた。
マヒロだった。 彼女は自分が掛けられていた薄手の毛布の中に侵入し、まるで自分の上で寝転がるように体を預けていた。前にも似たようなことがあったので、即座に理解できたが……問題はそれだけではなかった。
マヒロは、完全に裸だった。
自分も海パン一枚という薄着で寝かされていたようだが、彼女に至っては水着すら身につけていない。生暖かい素肌が、胸から腹部、太ももまで直に密着してくる。柔らかくて、しっとりとした感触。彼女の体温と、ほのかに甘い匂いが、寝起きのぼんやりした頭を一瞬で覚醒させた。
「……どうしてこうなった?」
誰かが意図的にこんな状況を作ったとは考えにくい。かといって、マヒロが自ら全裸で添い寝してくる理由もわからない。寝相が悪いだけか、それとも何か深い意味があるのか……。
「……マヒロ? マヒロさん、起きてますか?」
「んみゃ……んみゃー……」
「……」
小声で呼びかけてみたが、返事はない。完全に爆睡中だ。人の胸の上で寝ているとは思えないほど、すやすやと気持ちよさそうな寝顔を無防備に晒している。長い睫毛が小さく震え、時折幸せそうな吐息が漏れる。
嬉しいような、嬉しくないような、非常に複雑な気分だった。ひょっとすると彼女は自分を巨大な抱き枕と勘違いしているのかもしれない。だとすると、一体いつからそんな扱いになっていたのだろうか……。
「マヒロー!? どこにいるのー!?」
「ッ!?」
そんな呑気なことを考えていると、部屋の外からミオの声が響いてきた。どうやらマヒロを探しているらしい。
まずい。
いや、探されているかどうか以前に、この状況は完全にまずい。寝起きの頭でもそれだけは即座に理解できた。慌てて周囲を見回す。
ここは宿の部屋らしい。木造の質素な内装で、ベッドが二つ並べられている。横のベッドは毛布が乱れ、明らかに誰かが寝ていた痕跡があった。あれはマヒロのものだろう。つまり、隣のベッドからわざわざ自分のベッドに潜り込んできたということか。
「マヒロー? 戻ってるのー?」
「ッ!?」
声がどんどん近づいてくる。今にも扉を開けられそうだ。 心臓が激しく鳴り始めた。マヒロの裸体が自分の上に重なり、肌と肌がぴったりと密着しているこの状況を、ミオに見られるわけには絶対にいかない。どうにかして誤魔化さなければ——。
僕は必死に頭を回転させ、この危機的状況を打破する方法を必死に模索し始めた。マヒロの柔らかい胸が自分の体に押しつけられる感触に、余計に焦りが募る。
(頼むから、今だけは大人しく寝ていてくれ……!)
額に冷や汗が浮かぶ。今日もまた、予測不能な災難が舞い降りてきたようだった。