「……」
まさか自分が寝ている間に襲われたのか?
いやいや、性の「せ」の字も知らなさそうなマヒロが、そんな積極的なことをするはずがない。
しかし、この状況と彼女の赤らんだ顔を見ていると、可能性が完全にゼロとは言い切れない気もしてきた。待て待て、冷静になれサダメ・レールステン。海パン一丁だけど、脱がされた気配はまったくないし、身体にされたような痕跡は何一つ残っていない。もし何かされていたら、シーツや自分の身体のどこかが濡れているはずだ。でも自分もマヒロも、特に濡れた様子はないし、ベッドも綺麗なままだ。
……よし。総合的に判断するに、自分は何もされていない。彼女も何もしていない。つまり、無罪放免ということだ。
「……」
だとすると、ますます彼女がなぜ自分のベッドに全裸で潜り込んできたのかが気になって仕方ない。寝ぼけて間違えただけ……?
うーん、無理がある気がするが、他に考えられる理由も思いつかない。
「……せ……」
「せ?」
そんなことを考えていると、マヒロが小さく、けれどはっきりとした声で一文字を絞り出した。 せ……? え、マジで? まさか本当に……?
折角否定しかけていた可能性が、再び頭をもたげてくる。今の状況で「せ」から始まる言葉なんて、それ以外に考えられないじゃないか。待て待て、まだ確定したわけじゃない。彼女の一人称は「拙者」だ。「拙者は~」と言おうとしただけかもしれない。
しかし、そこから何を続けるつもりだったのだろう……。僕たちの名前しか出ていない今、続きが非常に気になる。
「サダメ~? お水とご飯持ってきたよ……」
「ッ!?」
「ミオ!?」
悠長に推測を巡らせている最中、タイミング悪くミオがドアを開けて戻ってきた。思っていた以上に早い帰還だ。しまった。マヒロをちゃんと元のベッドに戻しておくべきだった……。
「……は?」
水の入った木のジョッキと、パンや芋が載った皿を持ったミオの表情が、みるみるうちに凍りついた。彼女は床に落としそうになりながら、こちらの状況を目の当たりにして絶句している。
全裸のマヒロが自分の上に跨るように乗っかり、毛布が半分ずれ落ちているこの姿。自分は上半身裸。完全に事後の朝チュン現場にしか見えない。
「ちょ、ちょっと待てミオ! 別に俺達は何もしてないぞ!? な? マヒロも言ってやってくれ——」
しかし、時すでに遅し。ミオの瞳に、怒りとショックと失望が一気に広がっていくのがはっきりとわかった。これはいつもの流れだ……。
「……信じられない。もう二度と目を覚ますな! この変態!!」
「ぶほえぇっ!?」
案の定、落ちていたジョッキと皿が風魔法で浮かび上がり、水と食料ごと猛烈な勢いで飛んできた。顔面に木のジョッキが直撃し、パンと芋がべちゃっと張り付き、僕はベッドから頭から転落した。背中と後頭部に強烈な痛みが走る。
床に倒れ込んだまま、僕は天井をぼんやり見つめた。結局またこの展開かよ……。マヒロはまだ状況を理解できていないのか、きょとんとした顔で僕を見下ろしている。 裸の彼女の太ももが視界の端にちらつき、冷たい床の感触と熱くなった顔が対照的だった。今日も平和な朝は、遠くに去っていったようだ。
―転生勇者が死ぬまで、残り3952日。