「いててて……。くそ、まだ痛ぇ……」
風呂上がり。
せっかく久しぶりの湯船を満喫していたというのに、最後の最後で台無しになってしまった。
鼻の頭をさすりながら、自分は調理場へと足を運ぶ。
あの騒動のせいで、すっかり気分も吹き飛んでしまった。
せめて風呂上がりの一杯くらいは楽しみたい。
そう思い、冷蔵庫から牛乳瓶を取り出した。
「ふう……」
栓を抜き、一気に喉へ流し込む。
冷たい牛乳が身体の奥へ染み渡っていく。
やはり風呂上がりはこれに限る。
酒よりよほど美味い。
そんなことを考えていた時だった。
「ん?」
視界の端に人影が映る。
長い黒髪。
見慣れた後ろ姿。
マヒロだった。
風呂上がりらしく、まだ髪は少し湿っている。
彼女はそのまま調理場を横切り、教会の出口へ向かって歩いていった。
「……何してるんだ?」
思わず呟く。
そういえば彼女はこの村へ来たばかりだ。
土地勘もないはずである。
それなのに迷いなく外へ向かっている。
少しだけ気になった。
あの後、彼女は風呂場で倒れた自分の世話までしてくれた。
おかげで助かったのは事実だ。
だからという訳ではないが――。
夜遅くに見知らぬ土地を一人で歩かせるのも少し心配だった。
もちろん彼女は強い。
並の魔物程度なら問題なく倒せるだろう。
それでも何が起きるか分からない。
「……仕方ない」
誰に言い訳するでもなく呟く。
別に深い意味はない。
客人の様子を見に行くだけだ。
そう自分に言い聞かせながら、後を追うことにした。
調理場を出る頃には、既に彼女は教会の外へ向かっていた。
「どこ行く気なんだ?」
少し足早に廊下を進む。
夜の教会は静かだった。
昼間は賑やかな場所も、今は物音一つしない。
聞こえるのは自分の足音だけ。
やがて入口へ辿り着き、扉を開いた。
すると――。
「ん~~~っ!!」
「うおっ!?」
すぐ目の前で大きく背伸びをしているマヒロの姿があった。
あまりにも近くにいたせいで思わず声が漏れる。
マヒロもこちらに気付いたらしく、ゆっくりと振り返った。
「ん? おろ? サダメではござらぬか」
「びっくりした……」
てっきり外へ出てしまったものだと思っていた。
だが彼女はまだ教会の入口付近にいたらしい。
夜風が吹き込み、彼女の髪を静かに揺らしている。
「何してるんだ?」
「何をしておるのでござるか、とは?」
「いや、こんな時間にどこか行くのかと思ってさ」
「どこへ行くという訳でもないでござるよ」
マヒロは肩を竦める。
「少し外の空気を吸いたくなっただけでござる」
「なるほど」
風呂上がりなら分からなくもない。
自分もたまに夜風に当たりたくなることはある。
だがマヒロはそこで言葉を切り、ふと何かを思いついたように目を細めた。
「うむ」
「?」
「それも悪くないでござるな」
「何がだ?」
意味が分からず首を傾げる。
しかしマヒロは答えず、小さく笑みを浮かべた。
そして――。
「サダメ」
「ん?」
「良ければ拙者と共に外を歩かぬか?」
「……は?」
予想もしなかった誘いだった。
突然の言葉に思考が止まる。
夜風が静かに吹き抜ける中、マヒロは返事を待つようにこちらを見つめていた。