「いやー、この村は夜でも明るいでござるな」
「まあ、この時間は飲んだくれが多いからな」
「酒でござるか。拙者もいずれ皆と一緒に飲んでみたいものでござる」
「その時はほどほどにな」
そんな他愛もない会話を交わしながら、自分とマヒロは夜のリーヴ村を歩いていた。
特に目的地がある訳ではない。
ただ夜風に当たりながら、のんびり村の中を散策しているだけだ。
マヒロは周囲を見回しながら、どこか感心したような表情を浮かべていた。
夜のリーヴ村は意外と賑やかだ。
酒場からは陽気な笑い声が聞こえ、民家からも灯りが漏れている。
この辺りでは夜になると家族や仲間同士で酒を酌み交わす者が多い。
田舎だからこそ娯楽が少なく、その分、人との交流が盛んなのだ。
もっとも、そのせいで酔っ払いに絡まれることも珍しくない。
だから自分達は普段、夜に出歩くことはほとんどなかった。
単純に面倒だからだ。
トラブルに巻き込まれても損しかしない。
それは前世でも同じだった。
仕事帰りに飲み屋街の近くを通る時は、なるべく酔客を避けて歩いていた記憶がある。
酒そのものも好きではなかった。
匂いも味も苦手だったし、酔って騒ぐ人間もあまり得意ではなかった。
だから酒に関する思い出はほとんどない。
――本来なら。
今もそんな昔のことを考えているはずだった。
だが、残念ながら自分の頭は別のことで埋め尽くされていた。
いや。
正確には、ある重大な事実に気付いてしまったのだ。
自分はゆっくりと隣を歩くマヒロへ視線を向ける。
そして気付く。
今、自分は女の子と二人きりで夜道を歩いている。
「……」
待て。
落ち着け。
これはひょっとして。
いや、ひょっとしなくても――。
デートなのではないだろうか。
その考えに辿り着いた瞬間、自分の思考が一気に騒がしくなった。
もちろんミオと二人で買い物に行ったことは何度もある。
しかしあれは生活必需品を買いに行くための買い出しだ。
目的が明確に存在している。
少なくとも自分はデートだと思ったことはない。
だが今回は違う。
特に用事がある訳でもない。
ただ二人で歩いているだけ。
それなのに妙に楽しい。
そして何より――。
誘ったのはマヒロの方だった。
「……」
マズい。
これは非常にマズい。
よくよく考えてみれば、自分は前世を含めても女性とこうして二人で歩いた経験がほとんどない。
学生時代も特になかった。
社会人になってからはなおさらだ。
仕事をして帰宅する。
飯を食って寝る。
休日はゲームや漫画、アニメや映画を楽しむ。
気が付けば一日が終わっている。
そんな生活を何年も続けていた。
恋愛など入り込む余地すらなかった。
職場にも同年代の女性はほとんどいない。
いても仕事上の会話をする程度。
誰かと親しくなる機会など皆無だった。
つまり何が言いたいのかというと――。
自分は恋愛経験が絶望的に不足している。
にもかかわらず。
今こうして、気になる相手と肩を並べて歩いている。
しかも風呂上がりらしいシャンプーの香りが時折鼻をくすぐってくる。
その度に妙な緊張感が胸を駆け抜けた。
心臓が落ち着かない。
平静を装っているが、内心ではかなり動揺している。
なんなんだこれは。
前世ではとっくに置いてきたと思っていた感覚だ。
まるで思春期の頃の自分が蘇ってきたみたいじゃないか。
隣ではマヒロが何も知らない顔で夜の景色を眺めている。
対して自分は、一人で勝手に大混乱中である。
「……」
駄目だ。
落ち着け。
冷静になれ。
だが、そう言い聞かせれば言い聞かせるほど意識してしまう。
そして、その度に現実を突き付けられる。
今、自分は。
意中の相手と二人きりで夜道を歩いているのだと。
――これは非常に由々しき事態だった。