補習授業を終えた後、俺は理事長室へ呼び出されていた。
もっとも、授業が終われば大抵ここでだらだらしているので、呼ばれようが呼ばれまいが顔を出すつもりではあったのだが。
「失礼しまーす」
適当に声を掛けながら扉を開く。
だが、わざわざ呼び出しを受けたということは何か用件があるということだ。
ただでさえガキ共の相手で疲れているというのに、これ以上面倒事を押し付けられるのは勘弁願いたい。
そんなことを考えながら、気だるそうに二、三度ノックして部屋へ入った。
「来たようだね」
「ええ。ちゃんと来ましたよ……って」
理事長の声に応じて視線を向ける。
そして、思わず言葉を止めた。
来客用のソファには理事長の他にもう一人、見覚えのある人物が座っていたからだ。
「突然のお呼び立て、申し訳ありません。コールスタッシュ殿」
白髪混じりの髪を整えた老人だった。
年齢は五十代後半から六十代くらいだろうか。
仕立ての良い服を身にまとい、背筋を伸ばしてこちらを見ている。
その人物を見て、俺はすぐに誰なのか思い出した。
「お久しぶりっすかね。ミスエル団長殿」
「覚えていてくださり光栄です」
穏やかに微笑む老人。
ミスエル。
クルーシア王国騎士団の団長を長年務めている人物だ。
理事長とは以前から交流があり、何度も顔を合わせているらしい。
もっとも、そのほとんどは仕事絡みだろう。
俺自身も教師という立場上、何度か顔を合わせたことはある。
だが、まともに会話をするのは理事長に紹介された時以来だった。
そんな人物がわざわざ学園まで来て、俺に会いたがる理由とは何なのか。
嫌な予感しかしない。
「実はコールスタッシュ殿にお聞きしたいことがありまして。リーフ殿に取り次いでいただいたのです」
「俺に?」
「ああ」
理事長が頷く。
「どうしても確認したいことがあるそうだ。立ち話もなんだし、座るといい」
「……長くなりそうです?」
「いえいえ。お忙しいでしょうし、なるべく手短に済ませますとも」
「ならいいですけど」
少なくとも仕事を押し付けられる話ではなさそうだ。
それだけで少し安心しながら、俺は理事長の隣へ腰を下ろした。
するとミスエルは軽く咳払いを一つして話を切り出した。
「先日、シッター村沖で発生した魔物の大規模襲撃についてはご存じでしょうか」
「ああ。うちの馬鹿共が世話になった件っすね」
その話なら知っている。
一週間ほど前、シッター村近海で大量の魔物が出現した事件だ。
偶然居合わせた学園の生徒達が冒険者達と共闘し、被害拡大を防いだという話も教師陣の間で広まっていた。
まったく。
面倒事に首を突っ込むなと言っているのに。
避難していれば済んだ話だろうに。
帰ってきたら説教の一つでもしてやるべきか。
いや、偶然巻き込まれた部分もある。
だが結果的には危険へ飛び込んでいる訳で――。
「いえ。その件に関しては感謝しております」
ミスエルの言葉に思考を遮られる。
「彼らがいなければ被害はさらに拡大していたでしょう。我々としては今回の件を問題視するつもりはありません」
「へえ」
意外だった。
てっきり生徒達の行動について何か言われるものだと思っていたのだが。
「じゃあ話ってそれじゃないんですか?」
「ええ」
ミスエルは静かに頷く。
その表情から笑みが消えた。
空気が少しだけ重くなる。
「私がお聞きしたいのは別件です」
「別件?」
「はい」
老人は真っ直ぐこちらを見据えた。
まるで反応を見逃すまいとしているかのような視線だった。
そして、ゆっくりと口を開く。
「この件について、『貴方の意見』をお聞きしたいのです」