転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ーおまけ10

 「……昔と変わらない、か」

 

 ミスエル団長が帰った後。

 

 俺はソファーに腰を沈め、煙草をふかしながら先程の言葉を思い返していた。

 

 ――昔と変わらない。

 

 あれからもう十年だ。

 

 身長も伸びたし、顔つきだって変わった。子供だった頃の面影なんて、今の俺にはほとんど残っていないはずだ。

 

 それなのに、あの人は迷いなくそう言い切った。

 

 「ふふっ」

 

 「……何笑ってんすか」

 

 思わず呟いた独り言を聞いていたのか、理事長が楽しそうに笑みを零した。

 

 この人とは随分長い付き合いになるが、未だに笑いのツボがよく分からない。

 

 「いやなに。ミスエル殿らしいなと思っただけさ」

 

 「何がっすか?」

 

 「人を見る目だよ」

 

 理事長は紅茶を一口飲み、穏やかな笑みを浮かべる。

 

 「あの人の魔法の影響もあるのかもしれないが、それを差し引いても人の本質を見抜く力は本物だ。君は昔と変わらない。私もそう思うよ」

 

 「……言ったもん勝ちでしょ、それ」

 

 思わず肩を竦める。

 

 さっき団長殿が同じことを言ったばかりだ。

 

 今更理事長まで便乗してこられても、後出しにしか聞こえない。

 

 「そんなことはないさ」

 

 理事長は即座に否定した。

 

 「君は今でも困っている誰かのために行動できる人間だ。自分の利益よりも他人を優先してしまう。そういう部分は昔から何も変わっていない」

 

 「……」

 

 「人の本質というものは、よほどのことがない限り変わらないものなんだよ」

 

 その言葉に、思わず苦笑が漏れた。

 

 「よほどのこと、ね」

 

 灰皿に灰を落としながら呟く。

 

 「俺からしたら、『あれ』は十分すぎるほどよほどのことなんすけど」

 

 「……」

 

 「『あれ』がなきゃ、こんな所で燻ってることもなかったでしょうし」

 

 理事長の表情が僅かに曇る。

 

 十年前。

 

 あの日に起きた出来事。

 

 それは俺の人生を根底から変えた。

 

 進むはずだった道も。

 

 抱いていた夢も。

 

 積み上げてきたものも。

 

 全部まとめてぶち壊された。

 

 だからこそ今の俺がいる。

 

 煙をゆっくり吐き出しながら、自嘲気味に笑う。

 

 「アルコールとニコチン漬けの生活を送るなんて、昔の俺は想像もしなかったでしょうね」

 

 「……たしかに。それはそうかもしれない」

 

 理事長も否定はしなかった。

 

 否定できるはずもない。

 

 俺自身が一番よく知っているのだから。

 

 「昔の俺はもういませんよ」

 

 ぽつりと呟く。

 

 「ここにいるのは十年前とは違うもう一人の自分。アサヒ・コールスタッシュです」

 

 誰に言うでもなく。

 

 自分自身に言い聞かせるように。

 

 「前の自分とは雲泥の差だ。今の俺は全くの別人っすよ」

 

 理事長は何も言わなかった。

 

 ただ静かにこちらを見ている。

 

 その視線から逃げるように、俺は天井を見上げた。

 

 変わっていない。

 

 本質は同じ。

 

 二人はそう言う。

 

 だが、俺にはそう思えなかった。

 

 十年前の俺と今の俺。

 

 その間にあるものはあまりにも大きい。

 

 失ったものも。

 

 背負ったものも。

 

 あの頃とは何もかも違う。

 

 だから――

 

 「……じゃなきゃ、示しがつかねーだろ」

 

 誰にも聞こえないほど小さく呟く。

 

 「ん?」

 

 「なんでもないっす」

 

 理事長が首を傾げたが、適当に誤魔化しておいた。

 

 自分でも上手く説明できない感情だ。

 

 ただ一つだけ分かるのは、俺は昔の自分と同じであってはいけないということ。

 

 そう思い続けているということだけだった。

 

 だからこそ、素性を知られるのは少し厄介かもしれない。

 

 ミスエル団長が他人に漏らす可能性は低い。

 

 そこは信用している。

 

 だが、今後も同じように気づく人間が現れないとは限らない。

 

 少し警戒しておく必要はありそうだった。

 

 「それじゃあ私は別件の作業があるから少し席を外すよ。君はどうする?」

 

 理事長が立ち上がりながら尋ねる。

 

 「いってらっしゃーい」

 

 「……帰る時はちゃんと消臭しておいてくれよ」

 

 呆れたように言い残し、理事長は部屋を後にした。

 

 扉が閉まる音を聞きながら、俺はソファーへ深く身体を沈める。

 

 そしてテーブルの上に置かれた報告書へ手を伸ばした。

 

 団長殿が残していった資料。

 

 暇潰しには丁度いい。

 

 煙草を咥え直しながらページをめくる。

 

 部屋の中には紙を捲る音だけが静かに響いていた。

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