夏休みも残すところあと一週間。
だが、のんびりしている時間はもうあまり残されていなかった。
自分達は学園へ戻るため、朝一番の馬車を待っていた。
「マヒロさん。これからも二人と仲良くしてくださいね」
「うむ。色々と世話になり申した。また機会があればお伺いしても宜しいか?」
「ああ、もちろんですとも。いつでもいらっしゃい」
「かたじけない」
馬車を待つ間、マヒロは神父様夫妻と別れの挨拶を交わしていた。
滞在中に随分と親しくなったらしく、二人とも本当の孫を見送るかのような優しい表情を浮かべている。
今更ながら、誰とでも自然に打ち解けられる彼女のコミュニケーション能力には驚かされる。
まあ――一人だけ例外はいるみたいだけど。
あの頑固な理事長補佐の顔を思い浮かべ、思わず苦笑した。
◇
「それじゃあ行ってきます!」
「サダメー! ミオー! 元気でねー!」
「しっかり励んで来るんだぞー!」
「はーい!」
やがて馬車が到着し、自分達は学園へ向けて出発した。
荷台に揺られながら振り返ると、神父様達が村の入口で大きく手を振っている。
俺とミオも負けじと両手を振り返した。
徐々に小さくなっていく二人の姿。
見慣れた村の景色。
夏休みの間ずっと見ていたはずなのに、離れるとなると急に名残惜しく感じる。
本当にあっという間だった。
またいつ帰って来られるか分からない。
そう思うと、胸の奥に少しだけ寂しさが広がった。
◇
「いいご家族でござったな」
「ああ。あの村はなんだかんだ良い人ばっかりだよ」
「ふふ。そうでござるな」
リーヴ村が見えなくなってしばらく経った頃。
俺達は馬車の中で村の思い出話に花を咲かせていた。
振り返ってみれば、本当に良い人ばかりだった。
酔っ払うと多少口が悪くなる人もいるし、酒場では時々喧嘩も起こる。
だが、それも含めてあの村らしい。
困っている人がいれば自然と助け合う。
誰かが怪我をすれば皆で支える。
小さな村だからこそ、人と人との繋がりが強いのだろう。
「拙者も、ああいう温かい村に生まれたかったでござるな」
不意に零れたマヒロの言葉に、俺は少しだけ目を丸くした。
「生まれた場所は違うけどな。マヒロの村――というか島は、あんな雰囲気じゃないのか?」
マヒロは島の出身だと聞いている。
島なら人口も少ないだろうし、勝手にリーヴ村と似たような環境を想像していた。
だが、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「……うむ」
その声には、どこか沈んだ響きがあった。
「拙者の生まれた島は、領主が強い権力を握っておるのでござる」
「領主?」
「うむ。しかも閉鎖的なお考えの方でな。他所との交流も少なく、少なくともあの村のような活気はなかったでござるよ」
「そう、なのか」
思わず言葉が詰まる。
いつも明るい彼女にしては珍しく、その横顔はどこか遠くを見つめているようだった。
懐かしんでいるのか。
それとも別の感情なのか。
俺には分からない。
ただ一つだけ分かったのは、この話題には簡単に踏み込まない方がいいということだった。
自然と会話が途切れる。
馬車の車輪が石畳を転がる音だけが静かに響いた。
「……」
けれど、一つだけ気になることがあった。
そんな閉鎖的な考えを持つ領主が、なぜマヒロの学園入学を許可したのだろうか。
島の外へ出ることすら嫌がりそうな人物に聞こえる。
それなのに、どうして――。
疑問は浮かんだものの、今の空気の中で聞けるような話ではなかった。
結局その疑問を口にすることはなく、俺は窓の外へ視線を向けた。
そうして馬車に揺られること数時間。
俺達は無事に学園へと帰還した。
――転生勇者が死ぬまで、残り3936日