「……」
先生の冷たい視線を受け、ミオは言葉を失った。
先程まで何かを言おうとしていたはずなのに、その口は固く閉ざされている。
俺も似たようなものだった。
本当なら反論の一つでもしたい。
危険な場所へ生徒だけで向かわせることに不安がないと言えば嘘になる。
だが、今の先生の雰囲気を前にしては立ち上がることすらできなかった。
それほどまでに圧倒されていた。
そして何より――。
先生が本気で言っていることだけは痛いほど伝わってきた。
「今回の任務は今までのように、ただこなすだけの内容とはまるで別物だ」
静まり返った教室に先生の声だけが響く。
「お前らからすりゃ命懸けの任務になるだろう」
誰も口を開かない。
教室中の生徒が真剣な表情で先生を見つめていた。
「だが、それを乗り越えられなきゃ、この先卒業なんてできると思うな」
先生は一人ひとりを見渡すように視線を巡らせる。
「死にたくなきゃ死ぬ気で鍛えろ」
その言葉が胸に刺さる。
「死ぬ気で覚えろ」
さらに重くのしかかる。
「死ぬ気で臨め」
教室の空気が張り詰める。
「ここは魔法学園だ。ただ目の前に出された課題をこなして満足する場所じゃねぇ」
一拍置き、先生は静かに問いかけた。
「分かったか?」
「……はい」
最初に返事をしたのはミオだった。
その声は少し震えていたが、確かな意思も感じられた。
先生の言葉を完全に納得した訳ではないだろう。
それでも理解はできたのだと思う。
俺も同じだった。
ここはソワレル魔法学園。
この国で唯一の魔法学園であり、最難関と称される教育機関だ。
卒業生は皆、それぞれの分野で活躍する優秀な人材ばかり。
冒険者。
騎士。
研究者。
魔法使い。
数々の道へ進みながら国を支えている。
そんな場所で学んでいる以上、生半可な覚悟では通用しない。
危険だからやめたい。
難しいから避けたい。
そんな考えが許されるほど甘い場所ではないのだろう。
「……まあ」
その時だった。
先生が煙草を咥え直しながら肩を竦める。
「例年やってきたことだしな」
「……え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
教室中の生徒も同じ反応だった。
先程までの張り詰めた空気が一瞬だけ緩む。
気付けば先生の目付きも少し柔らかくなっていた。
「迷宮攻略はあくまで、お前らの今の実力を測るための任務だ」
先生はそう言って煙を吐く。
「別に無理して奥まで進む必要はねぇ」
生徒達が顔を見合わせる。
「敵わないと判断したなら撤退してもいい」
「……」
「危険だと思ったなら途中で引き返してもいい」
その言葉に、教室の空気が少しずつ和らいでいく。
「どうするかはお前ら自身で決めろ」
先生は淡々と続けた。
「冒険者も騎士も、無謀な戦いばかりしてる訳じゃねぇ。引き際を見極めるのも立派な実力だ」
その言葉には妙な説得力があった。
強敵を倒すことだけが正解ではない。
生き残ることもまた重要なのだ。
「先生……」
誰かが小さく呟く。
俺も少しだけ肩の力が抜けていた。
なんだかんだ言って、この人は生徒のことをちゃんと考えている。
厳しい。
口も悪い。
だが、それは生徒を突き放すためではなく、生き残るために必要だから言っているのだろう。
そんなことを改めて実感した。
もっとも。
あそこまで露骨に優しい態度を見せられると、それはそれで反応に困るのだが。
「だが」
先生の一言で教室の空気が再び引き締まる。
嫌な予感しかしない。
「授業は迷宮任務に向けて更に厳しくしていく」
やっぱりか。
「その覚悟だけはしておけよ?」
「「はい!!」」
今度の返事は妙に揃っていた。
恐らく全員が同じ未来を想像したのだろう。
先生は満足そうに頷く。
「よし」
そして教卓を軽く叩いた。
「じゃあ今日のホームルームは終了だ」
立ち上がりながら最後に言い放つ。
「午後の魔法学から早速しごく。各自覚悟しとけ」
「「……」」
さっきまでの感動を返してほしい。
教室中の生徒が同じことを思ったに違いない。
そんな生徒達の反応など気にも留めず、先生は教室を後にした。
◇
「……迷宮、か」
ホームルームが終わった後も、教室の話題はそのことで持ち切りだった。
不安そうな者。
楽しみにしている者。
既に作戦を考え始めている者。
反応は様々だ。
だが、共通していることが一つだけある。
誰もが次の任務を意識していた。
俺も例外ではない。
迷宮攻略。
それがどれほど過酷なものになるのかはまだ分からない。
それでも――。
今まで以上に本気で準備しなければならないことだけは確かだった。