「……へ?」
あまりにも予想外の言葉に、間の抜けた声が漏れた。
すると先生は露骨に眉をひそめる。
「へ? じゃねぇよ」
煙草を咥えたまま、呆れたように言い放つ。
「夜にもう一回来いって言ってんだよ、このクソガキ」
「あづっ!?」
次の瞬間。
頭の上に何か熱いものが落ちてきた。
煙草の灰だった。
思いのほか熱い。
思わず飛び上がり、その場で頭を押さえながらのたうち回る。
「熱っ! 熱っ! 何するんですか!?」
「人の話聞いてねぇからだ」
「だからって灰落とします!?」
聞いてなかった俺も悪い。
それは認める。
だが、これはどうなんだ。
時代が時代なら普通に問題になりそうな気がする。
いや、この世界だと問題にならないのかもしれないけど。
それでも納得はできなかった。
「ふぅ……」
先生はそんな俺を気にも留めず煙を吐く。
「な、何なんですか急に」
頭頂部を気にしながら問いかける。
大丈夫だよな?
今ので禿げたりしてないよな?
そんな不安が一瞬頭をよぎった。
「特別に俺直々に補習してやる」
「え?」
「どうせ今のお前じゃすぐバテるだろ。飯でも食って少しは回復しとけ」
「ッ!?」
思わず目を見開く。
補習。
しかも先生直々に。
面倒事を嫌うこの人が自分からそんなことを言い出すとは思わなかった。
驚きと同時に疑問も浮かぶ。
「ど、どうして俺なんですか?」
当然の質問だった。
クラスには俺より優秀な生徒もいる。
マヒロやアラガだっているし、他にも優秀な連中は少なくない。
なのに何故俺なのか。
先生はすぐには答えなかった。
何かを考えるように煙草を吸い、しばらく沈黙する。
そして。
「……お前」
ぽつりと口を開いた。
「十死怪の野郎を倒したらしいな」
「あ、はい」
思わず背筋が伸びる。
「正確には元十死怪らしいですけど」
「それはどうでもいい」
先生は即座に切り捨てた。
「問題は、お前がそいつを倒したってことだ」
「は、はあ……」
何となく話の流れが見えてくる。
「それだけの相手を倒したってことは、それ相応の実力を身に付けてるってことだ」
先生は俺を真っ直ぐ見据えた。
「なら、お前は他の連中より少し先の段階に進む必要がある」
「先の段階?」
「実力が上の奴が、下の連中と同じ訓練だけしてても意味がねぇ」
先生は肩を竦める。
「要するにそういうことだ」
「……」
なるほど。
言い方は相変わらず雑だが、言いたいことは理解できた。
十死怪級の相手と戦い、生き残った。
その経験も含めて、俺は既に他の生徒達とは少し違う位置に立っている。
だから別の訓練が必要。
先生はそう判断したのだろう。
だが。
「つってもな」
先生はそこで言葉を区切った。
「今日の授業を見る限り、色んな偶然が重なってたまたま上手くいった可能性も高い」
「うっ」
胸が痛い。
痛すぎる。
「だから俺が直接見てやる」
先生は淡々と続ける。
「今のお前がどこまでできるのか」
逃げ場のない視線が向けられる。
「せいぜい俺の期待を裏切るんじゃねぇぞ」
「は、はい!」
反射的に返事をする。
だが、内心は複雑だった。
期待されている。
それは素直に嬉しい。
しかし同時に不安も大きかった。
十死怪との戦い。
あれは決して俺一人の力じゃない。
皆がいたから勝てた。
仲間の助けがあったから生き残れた。
運だって味方していた。
だから先生の言葉は図星だった。
もし一人だったら。
もし条件が違っていたら。
結果は全く別のものになっていたかもしれない。
「じゃあな」
先生はそう言い残し、踵を返した。
「また後で」
そのまま体育館の出口へ向かって歩いていく。
残された俺は、その背中を見送りながら深く息を吐いた。
期待に応えられるだろうか。
先生が思っているほど、俺は大した人間じゃない。
そんな不安が頭をよぎる。
だが――。
これは間違いなく強くなるための機会だ。
逃す理由はない。
先生直々の指導なんて、そう何度も受けられるものではないのだから。
期待と不安。
その両方を胸に抱えながら、俺はゆっくりと立ち上がった。
気付けば、約束の時間は少しずつ近付いていた。