「よし。準備はできてるな?」
「はい! お願いします!」
「夜なんだから、あんまでけぇ声出すな」
その日の夜。
先生に呼び出された俺は、再び体育館を訪れていた。
風呂に入って汗を流し、夕食もしっかり食べたおかげで体力はある程度回復している。
昼間の疲労感はまだ少し残っているものの、身体は問題なく動く。
むしろ十分な休息を取ったことで気持ちはかなり前向きだった。
先生直々の特訓。
そう考えるだけで自然と気合が入る。
これなら多少無茶な内容でも何とかなるかもしれない。
そんなことを考えていたのだが――。
「じゃあ早速だが、お前が奴を倒したっていう魔法を俺に向かって撃ってみろ」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
思考が止まる。
だが先生は平然としていた。
まるで当たり前のことを言ったかのような顔でこちらを見ている。
「え、じゃねぇよ」
先生は面倒臭そうに肩を竦めた。
「お前の実力を見てやるって言っただろうが」
そう言うと、体育館の中央へ歩いていく。
そして俺の方へ向き直った。
「ほら。掛かってこい」
「……」
思わず黙り込む。
いや。
無理だろ。
先生は気軽に言っているが、あの魔法はそんな簡単な代物じゃない。
【炎衝拳《インパクト》】。
火球《フレール》の爆発力と、【部分魔力強化《パージング》】による身体強化を組み合わせた、自分なりの必殺技だ。
あの時。
グリムフィッシャーを倒した一撃。
筋骨隆々の巨体を吹き飛ばし、決定打となった魔法。
だが、その代償として制御が非常に難しい。
威力の調整もまともにできない。
未完成もいいところだ。
そんな魔法を先生に向かって放てと言われても、はいそうですかとはいかなかった。
もし制御を誤ったら。
もし本気で直撃してしまったら。
嫌な想像ばかりが頭をよぎる。
「……すみません」
悩んだ末、俺は首を横に振った。
「撃てません」
「あ?」
先生の片眉がぴくりと動く。
「その魔法、まだ未完成なんです」
なるべく誤解されないよう言葉を選ぶ。
「威力を抑えるのも難しいですし、その……」
「ほー?」
だが。
先生は何故か不機嫌そうな顔になった。
嫌な予感しかしない。
「つまり何だ?」
先生が一歩前へ出る。
「俺を殺せるくらい強い魔法ってことか?」
「いや、違います!」
即座に否定した。
だが先生は止まらない。
「新しい魔法を一つ覚えたくらいで随分偉くなったじゃねぇか」
さらに一歩。
「もう俺に勝ったつもりか?」
「いやいやいや!? そんなつもり全然ないですから!?」
慌てて両手を振る。
どうしてそうなる。
何故そんな解釈になった。
俺はただ危険だから撃ちたくないと言っただけだ。
だが先生は完全に喧嘩腰だった。
「教師なめんなよ」
低い声が響く。
「てめぇの覚えたての魔法程度で死ぬほどヤワな奴なんていねぇ」
先生は鼻で笑った。
その声音には揺るぎない自信があった。
「それに」
続けて指を突き付ける。
「制御できねぇなら尚更鍛えなきゃならねぇだろ」
「……」
反論できなかった。
「制御できませんでしたで済ませるつもりか?」
先生の言葉が胸に刺さる。
たしかにその通りだ。
危険だから使わない。
未完成だから避ける。
それではいつまで経っても成長できない。
強力な魔法だからこそ、自分の意思で扱えるようにならなければ意味がない。
「いいから撃て」
先生は腕を組んだ。
「俺が見ててやる」
その言葉に、不思議と安心感を覚えた。
この人は本気だ。
そして、本当に受け止めるつもりでいる。
だったら。
ここで逃げるのは違う。
「……はい」
小さく息を吐く。
腹を括るしかない。
先生はわざわざ自分のために時間を作ってくれた。
それを無駄にはしたくなかった。
「ふぅ……」
ゆっくりと呼吸を整える。
身体の中を巡る魔力を意識する。
イメージするのは、あの日放った一撃。
炎。
爆発。
衝撃。
そして――制御。
今度は暴走させない。
俺の意思で扱う。
そう心に決めながら拳を握り締めた。
「それじゃあ……」
先生を真っ直ぐ見据える。
緊張で喉が渇く。
それでも視線は逸らさない。
「いきますよ?」
体育館の空気が静かに張り詰めた。