転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー9

 「ふっ。ようやく覚悟は出来たな」

 

 体育館の中央で、俺と先生は向かい合った。

 

 先生は余裕の笑みを浮かべながら軽く手を振り、「いつでも来い」とでも言いたげな仕草を見せる。

 

 だが、その姿を俺はまともに見られていなかった。

 

 意識のすべてを右拳へ集中させていたからだ。

 

 ――威力を抑えろ。

 

 ――抑えろ。

 

 頭の中で何度も繰り返す。

 

 あの時は違った。

 

 後先なんて考えず、ただ敵を倒すことだけを考えて撃った。

 

 だからこそ、あれほどの威力が出たのだ。

 

 しかし今回は違う。

 

 絶対に同じ威力を出してはいけない。

 

 もし制御を誤れば、目の前にいる先生を殺してしまうかもしれない。

 

 そんなことだけは絶対に避けなければならなかった。

 

 だが、この魔法は単純ではない。

 

 威力を抑えれば済む話ではなかった。

 

 中途半端な出力で発動した場合、術者への反動が大きくなる。

 

 グリムフィッシャーに撃ち込んだ時でさえ、右腕はしばらく使い物にならなくなった。

 

 強大な力には、それに見合う代償が伴う。

 

 ならば、無理に威力を抑えたらどうなる?

 

 反動はどれほどになる?

 

 右腕だけで済むのか?

 

 それとも――。

 

 そこから先は考えたくなかった。

 

 理想は一つ。

 

 先生を吹き飛ばせるだけの威力を保ちながら、自分への反動を最小限に抑えること。

 

 そんな都合の良い調整が出来るのかは分からない。

 

 それでもやるしかなかった。

 

 「……スゥー」

 

 ゆっくりと息を吸う。

 

 イメージしろ。

 

 理想の形を。

 

 暴走する炎ではない。

 

 制御された一撃だ。

 

 そう自分に言い聞かせながら、深呼吸を一つ。

 

 そして腰を深く落とした。

 

 「爆ぜる焔よ、火《か》の球《きゅう》として右腕に聚合《しゅうごう》し、眼前に映りし標的に爆炎の一撃を与えん」

 

 詠唱と共に魔力が流れ始める。

 

 熱が右腕へ集束していく。

 

 骨の髄まで焼けるような感覚。

 

 それでも歯を食いしばって耐える。

 

 「【火球《フレール》】!」

 

 詠唱が完了した瞬間、床を蹴った。

 

 爆発的な脚力で先生との距離を一気に詰める。

 

 視界が揺れる。

 

 風が頬を叩く。

 

 そして右拳を振りかぶる。

 

 「【|炎衝《インパ――」

 

 その瞬間だった。

 

 不意に、一つの光景が脳裏をよぎる。

 

 俺の拳が先生の身体を貫く。

 

 肉を裂き、骨を砕き、胸から鮮血が噴き出す。

 

 先生は大量の血を吐きながら崩れ落ちる。

 

 俺の顔と右腕は返り血で真っ赤に染まっていた。

 

 「――っ!?」

 

 全身が凍りついた。

 

 分かっている。

 

 先生は強い。

 

 化け物じみた強さを持つ人だ。

 

 俺の魔法程度で簡単に死ぬような相手ではない。

 

 そんなことは理解している。

 

 それでも。

 

 もし調整を誤ったら?

 

 もし想定以上の威力が出たら?

 

 もし、本当に殺してしまったら?

 

 その「もし」が頭をよぎった瞬間――身体が勝手に止まっていた。

 

 「ぐっ!?」

 

 拳が止まる。

 

 魔法の発動も止まる。

 

 だが、右腕へ集めた膨大な魔力までは止まってくれなかった。

 

 行き場を失った炎が暴れ狂う。

 

 「ッ!? ハア……ハア……!」

 

 激痛が走った。

 

 熱い。

 

 いや、そんな生易しいものではない。

 

 腕の中で溶鉱炉が暴れているようだった。

 

 皮膚の下を灼熱の溶岩が流れ回り、筋肉も骨も内側から焼き尽くされていく。

 

 耐え切れず膝が崩れた。

 

 「がぁっ!? あ゛ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 右腕を押さえながら床に倒れ込む。

 

 汗が噴き出す。

 

 涙が止まらない。

 

 痛い。

 

 熱い。

 

 痛い痛い痛い痛い。

 

 熱い熱い熱い熱い。

 

 右腕が千切れる。

 

 いや、焼き落ちる。

 

 そんな錯覚すら覚えるほどの苦痛だった。

 

 これが失敗の代償。

 

 魔法を発動寸前で止めた報いなのか。

 

 呼吸すらまともに出来ない。

 

 視界も滲み始める。

 

 すると、そんな俺の前に一つの影が差した。

 

 「ったく、何やってんだお前」

 

 呆れたような声。

 

 見上げると、先生がすぐ傍まで歩み寄って来ていた。

 

 その表情には呆れと心配が半分ずつ混じっている。

 

 俺が苦しんでいる姿を見て、戦闘どころではないと判断したのだろう。

 

 先生はしゃがみ込み、俺の様子を確認しながら大きくため息を吐いた。

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