「ふっ。ようやく覚悟は出来たな」
体育館の中央で、俺と先生は向かい合った。
先生は余裕の笑みを浮かべながら軽く手を振り、「いつでも来い」とでも言いたげな仕草を見せる。
だが、その姿を俺はまともに見られていなかった。
意識のすべてを右拳へ集中させていたからだ。
――威力を抑えろ。
――抑えろ。
頭の中で何度も繰り返す。
あの時は違った。
後先なんて考えず、ただ敵を倒すことだけを考えて撃った。
だからこそ、あれほどの威力が出たのだ。
しかし今回は違う。
絶対に同じ威力を出してはいけない。
もし制御を誤れば、目の前にいる先生を殺してしまうかもしれない。
そんなことだけは絶対に避けなければならなかった。
だが、この魔法は単純ではない。
威力を抑えれば済む話ではなかった。
中途半端な出力で発動した場合、術者への反動が大きくなる。
グリムフィッシャーに撃ち込んだ時でさえ、右腕はしばらく使い物にならなくなった。
強大な力には、それに見合う代償が伴う。
ならば、無理に威力を抑えたらどうなる?
反動はどれほどになる?
右腕だけで済むのか?
それとも――。
そこから先は考えたくなかった。
理想は一つ。
先生を吹き飛ばせるだけの威力を保ちながら、自分への反動を最小限に抑えること。
そんな都合の良い調整が出来るのかは分からない。
それでもやるしかなかった。
「……スゥー」
ゆっくりと息を吸う。
イメージしろ。
理想の形を。
暴走する炎ではない。
制御された一撃だ。
そう自分に言い聞かせながら、深呼吸を一つ。
そして腰を深く落とした。
「爆ぜる焔よ、火《か》の球《きゅう》として右腕に聚合《しゅうごう》し、眼前に映りし標的に爆炎の一撃を与えん」
詠唱と共に魔力が流れ始める。
熱が右腕へ集束していく。
骨の髄まで焼けるような感覚。
それでも歯を食いしばって耐える。
「【火球《フレール》】!」
詠唱が完了した瞬間、床を蹴った。
爆発的な脚力で先生との距離を一気に詰める。
視界が揺れる。
風が頬を叩く。
そして右拳を振りかぶる。
「【|炎衝《インパ――」
その瞬間だった。
不意に、一つの光景が脳裏をよぎる。
俺の拳が先生の身体を貫く。
肉を裂き、骨を砕き、胸から鮮血が噴き出す。
先生は大量の血を吐きながら崩れ落ちる。
俺の顔と右腕は返り血で真っ赤に染まっていた。
「――っ!?」
全身が凍りついた。
分かっている。
先生は強い。
化け物じみた強さを持つ人だ。
俺の魔法程度で簡単に死ぬような相手ではない。
そんなことは理解している。
それでも。
もし調整を誤ったら?
もし想定以上の威力が出たら?
もし、本当に殺してしまったら?
その「もし」が頭をよぎった瞬間――身体が勝手に止まっていた。
「ぐっ!?」
拳が止まる。
魔法の発動も止まる。
だが、右腕へ集めた膨大な魔力までは止まってくれなかった。
行き場を失った炎が暴れ狂う。
「ッ!? ハア……ハア……!」
激痛が走った。
熱い。
いや、そんな生易しいものではない。
腕の中で溶鉱炉が暴れているようだった。
皮膚の下を灼熱の溶岩が流れ回り、筋肉も骨も内側から焼き尽くされていく。
耐え切れず膝が崩れた。
「がぁっ!? あ゛ぁぁぁぁぁっ!!」
右腕を押さえながら床に倒れ込む。
汗が噴き出す。
涙が止まらない。
痛い。
熱い。
痛い痛い痛い痛い。
熱い熱い熱い熱い。
右腕が千切れる。
いや、焼き落ちる。
そんな錯覚すら覚えるほどの苦痛だった。
これが失敗の代償。
魔法を発動寸前で止めた報いなのか。
呼吸すらまともに出来ない。
視界も滲み始める。
すると、そんな俺の前に一つの影が差した。
「ったく、何やってんだお前」
呆れたような声。
見上げると、先生がすぐ傍まで歩み寄って来ていた。
その表情には呆れと心配が半分ずつ混じっている。
俺が苦しんでいる姿を見て、戦闘どころではないと判断したのだろう。
先生はしゃがみ込み、俺の様子を確認しながら大きくため息を吐いた。