「落ち着いたか?」
「は、はい。ありがとうございます」
あの後、先生の治癒魔法のおかげで何とか事なきを得た。
まさか先生が治癒魔法まで使えるとは思わなかったが。
【
炎魔法の中で唯一存在する治癒魔法だ。
昔、勇者に助けられたあの魔法に憧れて、自分も習得しようと何度も挑戦したことがある。
だが残念なことに、一向に覚えられなかった。
どうやら自分はこういった補助系や回復系の魔法が苦手らしい。
同じ炎魔法でも、得意不得意というものが存在するのだと先生から聞いたことがある。
「ったく。魔法は中途半端に撃ったら危ねぇって授業で習っただろ? 一度覚悟を決めたなら最後までやれってんだ」
「……すみません」
現在、補習授業は一時中断となり、体育館の端で休憩している。
そして自分は先生から説教を受けていた。
もっとも、今回ばかりは完全に自分が悪い。
言い訳する余地もなく、素直に頭を下げるしかなかった。
「頭では大丈夫だって分かってたつもりなんです。けど、一瞬だけ嫌な想像が浮かんだ途端、身体が動かなくなって……」
そう。
一度は覚悟を決めたはずだった。
先生を信じていたはずだった。
それなのに、あの瞬間だけは駄目だった。
拳が先生の身体を貫く光景。
血を吐きながら倒れる姿。
それが脳裏をよぎった瞬間、身体が勝手に止まってしまったのだ。
今思えば当然なのかもしれない。
そもそも自分は、人に向かって本気で魔法を放ったことがなかった。
魔道具を使って相手を無力化した経験はある。
だが、自分自身の力で直接攻撃したことはない。
そう考えると、ミオは凄い。
最初から迷いなく人に向かって魔法を撃てていた。
いや、もしかすると違うのかもしれない。
前世の記憶を持つ自分が、この世界の価値観にまだ適応しきれていないだけなのだろうか。
平和な日本で育った人間が、ある日突然剣や銃を渡されて「人を攻撃しろ」と言われたところで簡単に出来るはずがない。
思い返せば、魔物と戦った時もそうだった。
あの時は命懸けだった。
殺されるかもしれないという恐怖があった。
だからこそ迷う余裕などなく撃てたのだ。
結果として、今では魔物相手に魔法を使うことへ抵抗はほとんどなくなっている。
では――。
もしあの時の相手が魔物ではなく人間だったら?
同じ状況でも、自分は躊躇なく撃てていただろうか。
「ッ……」
思考した瞬間、自分でもぞっとした。
やめろ。
それ以上考えるな。
考えてはいけない。
無理やり頭の中から追い出し、深く息を吐く。
ふと視線を上げると、先生が煙草を咥えながら黙り込んでいた。
何かを考えているらしい。
その沈黙が妙に怖かった。
もしかして。
補習授業はここで終わりなのだろうか。
せっかく貰えた機会だったのに。
期待されていたのに。
結局、自分は何も出来なかった。
「……」
言い訳は出来ない。
事実として、自分は撃てなかった。
それだけだ。
先生が失望したとしても仕方がない。
むしろ当然だろう。
折角のチャンスを自分自身の手で台無しにしてしまったのだから。
まさかこんな形で終わるなんて。
胸の奥が重く沈んでいく。
「……レールステン」
「……はい」
やがて沈黙を破り、先生が自分の名を呼んだ。
その声音を聞いた瞬間、何を言われるのか何となく察した気がした。
失望した。
期待外れだった。
補習は終わりだ。
きっとそんな言葉だろう。
そう覚悟して顔を上げた、その時だった。
先生はそっと、自分の頭を優しく撫でた。