「……え?」
突然頭を撫でられ、思わず間の抜けた声が漏れた。
何が起きたのか理解できない。
慰めのつもりなのだろうか。
だとしても、それがあのコールスタッシュ先生だというのだから尚更だ。
普段の先生を知る者なら誰一人として想像できないだろう。
まさか先生が生徒の頭を優しく撫でるなんて。
「お前は魔法がどういうものかをちゃんと理解してやがる」
「……え?」
予想外の言葉に再び目を瞬かせる。
叱責でも失望でもない。
先生はどこか穏やかな表情で言葉を続けた。
「普通の奴なら言われた通りにぶっ放して終わりだ。俺が受け止めるって言ったんだからな。深く考えもしねぇだろう」
先生の大きな手が頭から離れる。
だが、その言葉は不思議と胸に残った。
「けどお前は違った。最後の最後で思いとどまった。相手を傷つけるかもしれねぇって考えたからだ」
「……」
反論はできない。
まさにその通りだったからだ。
「それは魔法の危険性を理解してる証拠だ。俺達は当たり前みてぇに魔法を使ってるが、使い方を一つ間違えれば人なんざ簡単に死ぬ。便利な力だが、本来なら軽々しく扱うべきもんじゃねぇんだよ」
先生の視線はどこか遠くを見ていた。
まるで昔の何かを思い出しているかのように。
「先生……?」
気づけば先生の話は自分への説教というより、独白に近いものになっていた。
先生は煙草を咥え直し、小さく息を吐く。
「だが現実はそうもいかねぇ。魔物っていう厄介な存在がいる。賊や犯罪者みてぇに魔法を悪用する馬鹿共もいる。力が必要になる場面はいくらでもあるからな」
そこで先生は肩を竦めた。
「だから結局、魔法を捨てることなんざ出来ねぇ。重要なのはどう使うかだ」
そう言って先生は真っ直ぐこちらを見た。
「話を戻すぞ。俺が言いたかったのは一つだ。魔法は危険な力だ。だから使い道はよく考えろ。特に強力な魔法ほどな」
「……はい」
その言葉には自然と頷けた。
実際、自分は今日それを身をもって味わったのだから。
先生を傷つけるかもしれない。
その想像だけで身体が止まってしまった。
「まっ、勇者目指してる以上、近いうちに人へ向けて撃たなきゃならねぇ時が来るかもしれねぇけどな」
「……近いうち?」
思わず聞き返す。
だが先生はそれ以上説明する気はないらしい。
「よし。授業内容変更だ」
「え?」
さっきまでの真面目な空気をぶった切るように、先生はパンと手を叩いた。
「まずは俺に向かって撃てるようになるところから始める。魔法の調整訓練だ。ほら、時間がねぇんだからさっさと立て」
「あ、はい!?」
半ば強引に話を打ち切られ、自分は慌てて立ち上がった。
気になることは山ほどある。
近いうちとはどういう意味なのか。
なぜそんな断言めいた言い方をしたのか。
聞きたいことはあった。
だが、確かに日も暮れ始めている。
補習に使える時間はもう多くない。
結局、自分は言われるがまま先生の後を追った。
それにしても。
本来なら今日の補習は別の内容だったはずだ。
火球と炎衝拳の強化。
あるいは、それ以上の上位魔法の習得。
もしかしたら対人戦を想定した新しい魔法を教えてもらえる可能性だってあった。
だが、自分が躓いたせいで予定は変更された。
先生は気にするなと言ってくれた。
それでも申し訳なさは残る。
勇者を目指す以上、いつか人と戦わなければならない日が来るかもしれない。
その時になって躊躇していては誰も守れない。
守りたい人を守るためにも。
この弱さだけは乗り越えなければならなかった。
強くなる。
もっと強く。
そう心に誓った、その時だった。
「ってなわけで、今度はこいつに撃ってもらおうか」
「……へ?」
先生の声に顔を上げる。
すると、いつの間に準備したのか、体育館の中央には巨大な白い石が置かれていた。