「はぁ……はぁ……はぁ……」
それからどれほど時間が経っただろうか。
自分はひたすら魔断石へ向かって火球・炎衝拳を撃ち続けていた。
一発。
また一発。
さらにもう一発。
最初は拳が痛いだけだった。
だが回数を重ねるごとに腕は鉛のように重くなり、脚は震え始め、呼吸もまともに整わなくなる。
魔力も体力も限界が近かった。
もはや立っているだけで精一杯だ。
「よし。今日はしまいだ」
先生の声が体育館に響く。
その言葉を聞いた瞬間。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
張り詰めていた糸が切れたように、その場へ仰向けに倒れ込んだ。
冷たい床の感触が妙に気持ちいい。
助かった。
本気でそう思った。
あと数発続けろと言われていたら、多分立ったまま気絶していた。
「はぁ……はぁ……」
天井を見上げながら荒い息を繰り返す。
汗で服はぐっしょりだ。
腕も足もまともに動かない。
けれど不思議と嫌な疲労感ではなかった。
むしろ何かをやり切った後の心地よさに近い。
……いや、そう思い込みたいだけかもしれない。
ふと疑問が頭をよぎった。
「先生」
「あん?」
「これで本当に克服できるんですかね……?」
床に寝転んだまま問いかける。
まだ一日目だ。
だが正直なところ、自分が変われた実感はほとんどない。
確かに魔法は撃てた。
失敗もしていない。
しかしそれだけだ。
本当にこれで人へ向けて魔法を撃つ恐怖を克服できるのだろうか。
そんな不安が胸の奥で燻っていた。
すると先生は煙草を咥えながら一言。
「んなもん知るか」
「……え?」
一瞬思考が止まった。
知るか?
今なんて言った?
知るかって言った?
「お前みてぇなヘタレは珍しいんだよ」
先生は悪びれもせず続ける。
「だから俺も思いついた方法を試してるだけだ。効果があるかどうかなんざ、やってみなきゃ分からん」
「そ、そんなぁ……」
思わず情けない声が漏れた。
つまりこの訓練。
先生の経験則と勘で組まれていたらしい。
もっとこう。
伝説級の教師が考案した特別メニューとか。
絶対に克服できる秘訣とか。
そういうのを期待していたのだが。
現実は予想以上に行き当たりばったりだった。
ここまで二時間近く頑張った努力が急に不安になってくる。
本当に意味あるんだろうな、この特訓。
そんな疑念が顔に出ていたのだろう。
先生は小さく鼻を鳴らした。
「だがな」
その声に顔を向ける。
「最初の一回以降、失敗はしてねぇ」
「……」
「それは良い傾向だ」
先生は煙を吐きながら続けた。
「次はもっと細かく威力を調整できるようになれ」
「威力の調整……ですか」
「ああ」
先生は頷く。
「例えば火力を落として腕力強化の比率を上げる。そうすりゃ相手を殺さずに吹っ飛ばせるかもしれねぇ」
「……」
「そういうイメージが出来るようになれば、お前の恐怖も少しは薄れるんじゃねぇか?」
その言葉に思わず考え込む。
確かに。
今までの自分は威力ばかりに意識を向けていた。
強くすること。
より大きな爆発を起こすこと。
敵を倒せる威力を出すこと。
だが逆も出来るはずだ。
火力を抑える。
その代わりに身体強化へ回す。
あるいは衝撃だけを残す。
そうやって少しずつ調整していけば、人を殺さない一撃へ近付けるかもしれない。
「なるほど……」
完全な解決策ではない。
それでも。
進むべき方向は見えた気がした。
「次はそこを意識してみます」
「おう」
先生は短く返事をする。
それだけだった。
だが何故か、その一言だけで十分だった。
「んじゃ、そろそろお開きだな」
先生は腰を上げる。
「寮長には話通してある。とっとと帰れ」
「あ、はい」
「あと明日も普通に授業だからな」
嫌な予感がした。
「夜更かしなんかしてみろ」
先生がこちらを振り返る。
「補習のせいで他の授業に支障出したらぶっ殺す」
「理不尽すぎません!?」
「知るか」
さっき聞いた台詞だった。
理不尽だ。
だが妙に先生らしい。
思わず苦笑が漏れる。
「……お疲れ様でした」
「おう」
短いやり取りを交わし、先生は体育館を後にした。
静寂が戻る。
しばらく天井を見上げたまま動けなかった。
身体は限界だ。
腕も痛い。
筋肉も悲鳴を上げている。
明日はきっと酷い筋肉痛になるだろう。
それでも。
ほんの少しだけ。
前に進めた気がした。
だからもう少しだけ頑張ってみよう。
そう思いながら、自分は重たい身体をゆっくりと起こした。
まだ先は長い。
勇者への道も。
自分の弱さを克服する道も。
――だが、確かに一歩は踏み出せた。
―転生勇者が死ぬまで、残り3929日