転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー13

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 それからどれほど時間が経っただろうか。

 

 自分はひたすら魔断石へ向かって火球・炎衝拳を撃ち続けていた。

 

 一発。

 

 また一発。

 

 さらにもう一発。

 

 最初は拳が痛いだけだった。

 

 だが回数を重ねるごとに腕は鉛のように重くなり、脚は震え始め、呼吸もまともに整わなくなる。

 

 魔力も体力も限界が近かった。

 

 もはや立っているだけで精一杯だ。

 

 「よし。今日はしまいだ」

 

 先生の声が体育館に響く。

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 張り詰めていた糸が切れたように、その場へ仰向けに倒れ込んだ。

 

 冷たい床の感触が妙に気持ちいい。

 

 助かった。

 

 本気でそう思った。

 

 あと数発続けろと言われていたら、多分立ったまま気絶していた。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 天井を見上げながら荒い息を繰り返す。

 

 汗で服はぐっしょりだ。

 

 腕も足もまともに動かない。

 

 けれど不思議と嫌な疲労感ではなかった。

 

 むしろ何かをやり切った後の心地よさに近い。

 

 ……いや、そう思い込みたいだけかもしれない。

 

 ふと疑問が頭をよぎった。

 

 「先生」

 

 「あん?」

 

 「これで本当に克服できるんですかね……?」

 

 床に寝転んだまま問いかける。

 

 まだ一日目だ。

 

 だが正直なところ、自分が変われた実感はほとんどない。

 

 確かに魔法は撃てた。

 

 失敗もしていない。

 

 しかしそれだけだ。

 

 本当にこれで人へ向けて魔法を撃つ恐怖を克服できるのだろうか。

 

 そんな不安が胸の奥で燻っていた。

 

 すると先生は煙草を咥えながら一言。

 

 「んなもん知るか」

 

 「……え?」

 

 一瞬思考が止まった。

 

 知るか?

 

 今なんて言った?

 

 知るかって言った?

 

 「お前みてぇなヘタレは珍しいんだよ」

 

 先生は悪びれもせず続ける。

 

 「だから俺も思いついた方法を試してるだけだ。効果があるかどうかなんざ、やってみなきゃ分からん」

 

 「そ、そんなぁ……」

 

 思わず情けない声が漏れた。

 

 つまりこの訓練。

 

 先生の経験則と勘で組まれていたらしい。

 

 もっとこう。

 

 伝説級の教師が考案した特別メニューとか。

 

 絶対に克服できる秘訣とか。

 

 そういうのを期待していたのだが。

 

 現実は予想以上に行き当たりばったりだった。

 

 ここまで二時間近く頑張った努力が急に不安になってくる。

 

 本当に意味あるんだろうな、この特訓。

 

 そんな疑念が顔に出ていたのだろう。

 

 先生は小さく鼻を鳴らした。

 

 「だがな」

 

 その声に顔を向ける。

 

 「最初の一回以降、失敗はしてねぇ」

 

 「……」

 

 「それは良い傾向だ」

 

 先生は煙を吐きながら続けた。

 

 「次はもっと細かく威力を調整できるようになれ」

 

 「威力の調整……ですか」

 

 「ああ」

 

 先生は頷く。

 

 「例えば火力を落として腕力強化の比率を上げる。そうすりゃ相手を殺さずに吹っ飛ばせるかもしれねぇ」

 

 「……」

 

 「そういうイメージが出来るようになれば、お前の恐怖も少しは薄れるんじゃねぇか?」

 

 その言葉に思わず考え込む。

 

 確かに。

 

 今までの自分は威力ばかりに意識を向けていた。

 

 強くすること。

 

 より大きな爆発を起こすこと。

 

 敵を倒せる威力を出すこと。

 

 だが逆も出来るはずだ。

 

 火力を抑える。

 

 その代わりに身体強化へ回す。

 

 あるいは衝撃だけを残す。

 

 そうやって少しずつ調整していけば、人を殺さない一撃へ近付けるかもしれない。

 

 「なるほど……」

 

 完全な解決策ではない。

 

 それでも。

 

 進むべき方向は見えた気がした。

 

 「次はそこを意識してみます」

 

 「おう」

 

 先生は短く返事をする。

 

 それだけだった。

 

 だが何故か、その一言だけで十分だった。

 

 「んじゃ、そろそろお開きだな」

 

 先生は腰を上げる。

 

 「寮長には話通してある。とっとと帰れ」

 

 「あ、はい」

 

 「あと明日も普通に授業だからな」

 

 嫌な予感がした。

 

 「夜更かしなんかしてみろ」

 

 先生がこちらを振り返る。

 

 「補習のせいで他の授業に支障出したらぶっ殺す」

 

 「理不尽すぎません!?」

 

 「知るか」

 

 さっき聞いた台詞だった。

 

 理不尽だ。

 

 だが妙に先生らしい。

 

 思わず苦笑が漏れる。

 

 「……お疲れ様でした」

 

 「おう」

 

 短いやり取りを交わし、先生は体育館を後にした。

 

 静寂が戻る。

 

 しばらく天井を見上げたまま動けなかった。

 

 身体は限界だ。

 

 腕も痛い。

 

 筋肉も悲鳴を上げている。

 

 明日はきっと酷い筋肉痛になるだろう。

 

 それでも。

 

 ほんの少しだけ。

 

 前に進めた気がした。

 

 だからもう少しだけ頑張ってみよう。

 

 そう思いながら、自分は重たい身体をゆっくりと起こした。

 

 まだ先は長い。

 

 勇者への道も。

 

 自分の弱さを克服する道も。

 

 ――だが、確かに一歩は踏み出せた。

 

 ―転生勇者が死ぬまで、残り3929日

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