二学期二日目の夜。
今日も放課後の体育館で、コールスタッシュ先生による補習授業を受けていた。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐きながら魔断石にもたれ掛かる。
昨日に引き続き、今日の課題は威力調整だった。
火球の出力。
部分魔力強化《パージング》の比率。
その二つを細かく調整しながら理想の一撃を探る。
言葉にすれば簡単だ。
だが実際にやってみると想像以上に難しい。
火球の威力を落とし過ぎれば魔法として成立しない。
逆に上げ過ぎれば反動が大きくなる。
そこへ身体強化の調整まで加わる。
どちらか一方だけならまだしも、二つ同時となると頭が追い付かなかった。
何度も試行錯誤を繰り返す。
少し火力を落とす。
今度は強化を増やす。
やっぱり違う。
なら逆か。
そんなことを延々と繰り返しているうちに、自分でも何が正解なのか分からなくなっていた。
正直、頭が爆発しそうだった。
「うーん……」
先生が腕を組みながら唸る。
「やっぱ昨日より成功率落ちてんな」
「……」
否定できない。
昨日はほぼ成功していた。
しかし今日は違う。
威力調整を意識した途端、成功率が目に見えて落ちていた。
途中で集中が切れる。
魔力制御が乱れる。
結果、不発。
あるいは暴発。
その繰り返しだった。
「これ以上失敗して大怪我されてもな」
先生はため息を吐く。
「肉体よりメンタルの方が先に壊れそうだ。少し早いが今日はここまでにしとくか」
「……はい」
気付けば一時間ほどしか経っていない。
それでも身体は限界だった。
昨日ほど酷い怪我はしていない。
だが細かい火傷や打撲は増えている。
地味に痛い。
しかも昨夜の疲労がまだ抜けきっていなかった。
朝から感じていた倦怠感は結局消えず、授業中も何度も意識が飛びかけた。
昼を過ぎれば何とかなる。
そんな甘い考えをしていた昨日の自分を殴りたい。
全然何とかなっていない。
むしろ今の方が辛い。
「……くそ」
思わず悪態が漏れた。
情けない。
思った以上に自分は弱かったらしい。
少し追い込まれただけでこの有様だ。
そんな自分に苛立ちすら覚えていた。
「レールステン」
「はい?」
先生に呼ばれて顔を上げる。
何か説教だろうか。
それとも今後の方針についてだろうか。
そう思った次の瞬間。
「もう辞めるか?」
「……え?」
一瞬意味が理解できなかった。
辞める?
何を?
補習授業を?
予想外の言葉に思考が止まる。
先生は真剣な表情のまま続けた。
「お前の練習風景を見ていて思ったんだがな」
「……」
「お前、自己犠牲精神が強すぎる」
「ッ――」
思わず息を呑む。
「自分がどうなってもいいと思ってる奴の動きだ。見てりゃ分かる」
先生は淡々と言った。
怒っているわけでもない。
呆れているわけでもない。
ただ事実を述べているような口調だった。
「普通の奴なら失敗した時点で怖くなる」
先生は魔断石へ視線を向ける。
「大怪我したら避ける。痛い思いしたら楽な方へ逃げる」
それは自然な反応だ。
誰だって苦しいことは嫌だ。
怖いものは避けたい。
だから先生の言葉は正しい。
「だがお前は違う」
視線が戻る。
真っ直ぐこちらを見据えていた。
「怪我しようが火傷しようが止まらねぇ」
「……」
「疲労でフラついてても続けようとする」
反論できなかった。
全部その通りだったからだ。
「そのくせ人には魔法を撃てねぇ」
先生は鼻で笑う。
「はっきり言うぞ」
一拍。
静寂が落ちる。
「お前は異常者だ」
「……」
胸が僅かに痛んだ。
否定されたからではない。
心当たりがあったからだ。
石を殴って拳が裂けても続けた。
魔法で火傷しても止まらなかった。
疲労でまともに動けなくても朝練を続けようとしている。
冷静に考えれば確かに普通ではない。
「別に悪いとは言わねぇ」
先生は続ける。
「強くなりたいって気持ちは本物だろうしな」
その言葉は少し嬉しかった。
だが先生はすぐに表情を引き締める。
「けどな」
「……」
「周りから見れば危なっかしくて見てられねぇんだよ」
その一言でようやく理解した。
先生が言いたかったこと。
それは才能でも実力でもない。
俺自身のことだった。
先生は自分が潰れることを心配しているのだ。
だから辞めるかと聞いた。
だからここで選ばせようとしている。
それでも続けるのか、と。
「……」
体育館に静寂が落ちる。
普通なら。
ここで休むべきなのだろう。
少し身体を労わるべきなのだろう。
それが正しい判断だ。
先生の言葉も理解できる。
理解できるが――
それでも。
「……いえ」
自分の答えは変わらなかった。