「はあ……はあ……」
「はあっ……はあ……」
「大丈夫か、ミオ?」
「う、うん! 私は平気だよ!」
作戦は多少の想定外こそあったが、結果としては成功だった。
魔障結界の解除――それを本当にやり遂げてしまったのだ。
それにしても、ミオがあれほど高度な魔法を扱えるとは思わなかった。
よく考えれば、彼女は風魔法と治癒魔法の両方を操る特異体質《イディオーション》の持ち主。魔力量自体は並でも、魔法への適性は常人を遥かに超えている。今回の奇跡も、偶然ではなく必然だったのかもしれない。
「……? どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
問題はここからだ。
早急にラエルたちと合流しなければならない。
向こうは集団で行動している分、発見される危険性も高い。
さらに、魔道馬《ソーサ・ホース》が騒動に怯えて暴れでもしたら、脱出どころではなくなる。馬が使えなければ、自分たちの足で逃げるしかない――そして、それで逃げ切れる自信は正直ない。
不安が脳裏をよぎった、その時。
「おーい! こっちだ!!」
「っ!?」
聞き覚えのある声。
振り向けば、闇の中から駆けてくるラエルの姿があった。
「馬は確保した! 他の皆はもう荷車に乗ってる。残りはお前らだけだ!」
「マジか!?」
「ああ、だから急げ!」
「了解!」
どうやら向こうも役割を完遂していたらしい。
ラエルは短く状況を伝えると、そのまま馬小屋へ向かって走り出す。自分とミオも後を追った。
馬小屋に辿り着いた瞬間、思わず息を呑む。
「……おお」
そこには二頭の魔道馬が待っていた。
一頭はすでに荷車を牽き、子供たちが不安げに身を寄せ合っている。
間近で見る魔道馬は圧巻だった。
自分の倍近い体躯。黒曜石のような毛並み。赤黒く輝く瞳。
威圧的な外見にも関わらず、微動だにせず立つその姿は、まるで歴戦の戦馬のような風格すら感じさせた。
「おい、何ボーっとしてんだ! 俺が荷車を引く。お前らはもう一頭に乗れ!」
「あ、ああ、すまん!」
見惚れていた自分をラエルの声が現実へ引き戻す。
「よっと……!」
先に自分が跨る。
馬の乗り方は父に叩き込まれていた。魔道馬でも感覚は変わらない。問題なく鞍を取れた。
「ミオ!」
「う、うん!!」
手を差し伸べると、ミオは強く握り返してくる。
小さな手が震えている。それでも必死にしがみついてくる力は確かだった。
「二人とも乗れたな?」
「ああ。ミオ、しっかり掴まってろ!」
「わ、わかった!」
準備は整った。
「行くぞ!!」
ラエルと視線を交わし、同時に魔道馬を走らせる。
馬小屋を飛び出した瞬間――
「おい! あいつら魔道馬で逃げるぞ!!」
「逃がすな! ガキどもを一人残らず殺せぇぇ!!」
背後から魔物たちの怒号が追いすがる。
石や棍棒を掴み、今にも投げつけてきそうな勢いだ。
……させるかよ。
「ミオ、悪いが少しだけ手綱を頼む!」
「えっ? う、うん……!」
「すぐ終わらせる」
手綱を預け、身体をひねって後方へ向き直る。
迫る魔物の群れ。
ならば――最後に一発、置き土産だ。
「爆ぜる焔よ、火の球として聚合し、眼前に移りし標的に猛る一投を撃ちかけん――」
詠唱と共に掌へ熱が集束する。
全力は危険だ。ミオが近い。出力は六割強――それで十分だ。
「死ねやぁぁ!!」
予想通り、石と棍棒が空を裂いて飛んでくる。
――遅い。
「【火球《フレール》】!」
放たれた火球はバスケットボール大。
しかし飛翔するごとに膨張し、投擲物を次々と飲み込みながら巨大な焔の塊へと成長する。
「う、うわああああああ!!」
直撃。
轟音と閃光。夜を焦がす大爆発が魔物たちを包み込んだ。
爆風が背を叩く。
これで追撃はしばらく不可能だろう。
「よし!」
安堵の声を漏らした自分とは対照的に、ミオは後ろを見て言葉を失っていた。
だが――
「……さようなら」
その小さな呟きに、胸が締め付けられる。
ここはもう帰る場所ではない。
苦しかった日々も、僅かな笑顔も、すべてが詰まった故郷。
「……必ず戻る」
「サダメ……」
いつかここへ戻り、死んでいった者たちが安らげる墓を作る。
それは贖罪ではなく、願いだ。
前世の祖母が言っていた――墓は魂の帰る場所だと。
「もう大丈夫だ、ミオ」
「あっ……うん」
再び前を向き、手綱を取り戻す。
魔道馬は夜道を駆ける。
行き先はまだ分からない。だが、進むしかない。
星空の下、逃亡の旅が始まった。
――転生勇者が死ぬまで、残り7802日。