転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第2章ー25

 「はあ……はあ……」

 

 「はあっ……はあ……」

 

 「大丈夫か、ミオ?」

 

 「う、うん! 私は平気だよ!」

 

 作戦は多少の想定外こそあったが、結果としては成功だった。

 魔障結界の解除――それを本当にやり遂げてしまったのだ。

 

 それにしても、ミオがあれほど高度な魔法を扱えるとは思わなかった。

 よく考えれば、彼女は風魔法と治癒魔法の両方を操る特異体質《イディオーション》の持ち主。魔力量自体は並でも、魔法への適性は常人を遥かに超えている。今回の奇跡も、偶然ではなく必然だったのかもしれない。

 

 「……? どうかしたの?」

 

 「いや、なんでもない」

 

 問題はここからだ。

 早急にラエルたちと合流しなければならない。

 

 向こうは集団で行動している分、発見される危険性も高い。

 さらに、魔道馬《ソーサ・ホース》が騒動に怯えて暴れでもしたら、脱出どころではなくなる。馬が使えなければ、自分たちの足で逃げるしかない――そして、それで逃げ切れる自信は正直ない。

 

 不安が脳裏をよぎった、その時。

 

 「おーい! こっちだ!!」

 

 「っ!?」

 

 聞き覚えのある声。

 振り向けば、闇の中から駆けてくるラエルの姿があった。

 

 「馬は確保した! 他の皆はもう荷車に乗ってる。残りはお前らだけだ!」

 

 「マジか!?」

 

 「ああ、だから急げ!」

 

 「了解!」

 

 どうやら向こうも役割を完遂していたらしい。

 ラエルは短く状況を伝えると、そのまま馬小屋へ向かって走り出す。自分とミオも後を追った。

 

 馬小屋に辿り着いた瞬間、思わず息を呑む。

 

 「……おお」

 

 そこには二頭の魔道馬が待っていた。

 一頭はすでに荷車を牽き、子供たちが不安げに身を寄せ合っている。

 

 間近で見る魔道馬は圧巻だった。

 自分の倍近い体躯。黒曜石のような毛並み。赤黒く輝く瞳。

 威圧的な外見にも関わらず、微動だにせず立つその姿は、まるで歴戦の戦馬のような風格すら感じさせた。

 

 「おい、何ボーっとしてんだ! 俺が荷車を引く。お前らはもう一頭に乗れ!」

 

 「あ、ああ、すまん!」

 

 見惚れていた自分をラエルの声が現実へ引き戻す。

 

 「よっと……!」

 

 先に自分が跨る。

 馬の乗り方は父に叩き込まれていた。魔道馬でも感覚は変わらない。問題なく鞍を取れた。

 

 「ミオ!」

 

 「う、うん!!」

 

 手を差し伸べると、ミオは強く握り返してくる。

 小さな手が震えている。それでも必死にしがみついてくる力は確かだった。

 

 「二人とも乗れたな?」

 

 「ああ。ミオ、しっかり掴まってろ!」

 

 「わ、わかった!」

 

 準備は整った。

 

 「行くぞ!!」

 

 ラエルと視線を交わし、同時に魔道馬を走らせる。

 

 馬小屋を飛び出した瞬間――

 

 「おい! あいつら魔道馬で逃げるぞ!!」

 

 「逃がすな! ガキどもを一人残らず殺せぇぇ!!」

 

 背後から魔物たちの怒号が追いすがる。

 石や棍棒を掴み、今にも投げつけてきそうな勢いだ。

 

 ……させるかよ。

 

 「ミオ、悪いが少しだけ手綱を頼む!」

 

 「えっ? う、うん……!」

 

 「すぐ終わらせる」

 

 手綱を預け、身体をひねって後方へ向き直る。

 迫る魔物の群れ。

 ならば――最後に一発、置き土産だ。

 

 「爆ぜる焔よ、火の球として聚合し、眼前に移りし標的に猛る一投を撃ちかけん――」

 

 詠唱と共に掌へ熱が集束する。

 全力は危険だ。ミオが近い。出力は六割強――それで十分だ。

 

 「死ねやぁぁ!!」

 

 予想通り、石と棍棒が空を裂いて飛んでくる。

 

 ――遅い。

 

 「【火球《フレール》】!」

 

 放たれた火球はバスケットボール大。

 しかし飛翔するごとに膨張し、投擲物を次々と飲み込みながら巨大な焔の塊へと成長する。

 

 「う、うわああああああ!!」

 

 直撃。

 轟音と閃光。夜を焦がす大爆発が魔物たちを包み込んだ。

 

 爆風が背を叩く。

 これで追撃はしばらく不可能だろう。

 

 「よし!」

 

 安堵の声を漏らした自分とは対照的に、ミオは後ろを見て言葉を失っていた。

 

 だが――

 

 「……さようなら」

 

 その小さな呟きに、胸が締め付けられる。

 

 ここはもう帰る場所ではない。

 苦しかった日々も、僅かな笑顔も、すべてが詰まった故郷。

 

 「……必ず戻る」

 

 「サダメ……」

 

 いつかここへ戻り、死んでいった者たちが安らげる墓を作る。

 それは贖罪ではなく、願いだ。

 前世の祖母が言っていた――墓は魂の帰る場所だと。

 

 「もう大丈夫だ、ミオ」

 

 「あっ……うん」

 

 再び前を向き、手綱を取り戻す。

 魔道馬は夜道を駆ける。

 行き先はまだ分からない。だが、進むしかない。

 

 星空の下、逃亡の旅が始まった。

 

 ――転生勇者が死ぬまで、残り7802日。

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