「帰り道、ですか?」
「ああ」
ソンジさんは頷いた。
「迷宮で一番油断しちゃいけないのは行きじゃない。帰りだよ」
皆が静かに耳を傾ける。
「行きで魔物と遭遇しなくても、帰る頃には新しく発生してることがあるんだ」
迷宮は常に変化する場所。
冊子の情報が絶対ではないように、魔物の配置も絶対ではない。
「しかも帰る頃には体力も魔力も消耗してる」
ソンジさんは苦笑した。
「逃げ場も限られるしね。一歩間違えれば全滅しかける」
その言葉には妙な重みがあった。
経験者だからこそ出せる重み。
そして。
『……それって』
フィーがおそるおそる口を開く。
『経験談なんですよね?』
「……うん」
ソンジさんの表情が曇る。
「正直、あの時は死んだと思った」
その瞬間。
馬車の中が静まり返った。
冗談好きなソンジさんが真顔で言うからこそ重い。
皆、何と言葉を掛ければいいのか分からなかった。
自分も同じだった。
この人も色々苦労してきたんだな。
そんなことを考えていると、
「そ、それより!」
ミオが慌てて声を上げた。
「他に気を付けることとかってないんですか?」
「あっ」
ソンジさんが顔を上げる。
「うん。そうだね」
少しだけ表情が柔らかくなった。
ナイスだミオ。
空気を変えようとしてくれたのだろう。
その後もソンジさんは経験者として様々な助言をしてくれた。
迷宮内での行動。
食料管理。
休憩場所の選び方。
撤退の判断基準。
どれも初めて聞く話ばかりだった。
「――とまあ、私が言えるのはこんなところかな」
一通り話し終えたソンジさんが肩を竦める。
「うーむ」
マヒロが腕を組んだ。
「戦闘は避けねばならぬのでござるよな?」
「そうだね」
ソンジさんは頷く。
「派手に戦えば音で他の魔物を呼び寄せる可能性がある。基本は見つからないことを優先した方がいい」
「すにーきんぐでござるな!」
「うん。スニーキング」
「すにーきんぐ……」
マヒロは何やら格好良い言葉だと思ったらしく、嬉しそうに呟いていた。
『でも』
フィーが首を傾げる。
『隠れながら進むと時間も掛かりますよね?』
『その分、魔物が発生する可能性も上がるんじゃ……』
「ふっふっふ」
するとソンジさんが不敵に笑った。
待ってましたと言わんばかりである。
「そのために私がいるんじゃないか」
「ッ!?」
背負っていたリュックを漁り始める。
そして取り出したのは見覚えのある装備だった。
「あれって……」
思わず目を見開く。
間違いない。
以前盗賊達が使っていた魔道具だ。
「身に纏った者を透明化させる【気配殺し《サイン・キラー》】のマント!」
ソンジさんがマントを広げる。
「そして足音を完全に消す【完全沈黙《パーフェレンス》】のブーツ!」
続いてブーツを掲げる。
どちらも初任務で見た代物だった。
だが――
「それはいけませぬぞソンジ殿!」
マヒロが勢いよく立ち上がった。
「うわっ!?」
ソンジさんが飛び跳ねる。
「闇取引は悪党の所業!」
マヒロは真面目な顔で続けた。
「いくら魔道具好きでも悪に手を染めては――」
「あー」
ソンジさんは納得したように頷く。
そして胸を張った。
「マヒロちゃん」
「なんでござるか?」
「私、魔道具研究の第一人者なんだけど」
「だいいち……?」
「つまり作った本人」
「……おお!」
マヒロが目を丸くする。
「そうだったのでござるか!」
「そういうこと」
ソンジさんは得意げに笑った。
よく考えれば当然だ。
これだけの魔道具を作れる人がわざわざ闇商人から買う必要はない。
むしろ逆だ。
盗賊達が使っていたものこそ、この人の技術を真似して作られた可能性すらある。
「というわけで」
ソンジさんはマントを畳みながら言う。
「今回は私の魔道具もフル活用して迷宮攻略だ」
皆の表情が明るくなる。
経験者の知識。
そして強力な魔道具。
不安が消えるわけではない。
それでも少しだけ心強かった。
そうして自分達を乗せた馬車は進み続ける。
学園を離れ。
街道を抜け。
やがて目的地へ近づいていく。
初めて挑む迷宮。
そこに何が待っているのか。
期待と不安を胸に抱きながら、自分達は未知の領域へと向かうのだった。
――転生勇者が死ぬまで、残り3914日