これは、まだ自分が四歳だった頃の話だ。
「チヤドールさん、こんにちはー!」
「イノスさん、いらっしゃい!」
父に手を引かれ、チヤドール家が営む薬屋を訪れていた。
村で薬を扱う店はここ一軒だけ。病気や怪我をすれば、皆ここを頼る。もちろん、我が家も例外ではない。
「あの、湿布と軟膏をお願いしたいんですが……」
「ええっ!? またかい?!」
チヤドールさんは思わず声を上げた。
ここ最近、湿布と軟膏の減り方が異常だった。理由は明白なのだが。
「一昨日渡したばかりじゃないかい。どうしてそんなに消えるのか、不思議で仕方ないよ」
「いやあ……最近、サダメの修行を本格的に始めまして……」
「それでサダメ君の怪我が増えた、と?」
「……ま、まあ、そんなところです」
沈黙。
魔法の練習だけでなく、剣の稽古も始めた。素振りだけのはずが、いつの間にか打ち込み稽古までやるようになり、結果――ほぼ毎日どこかしらを怪我して帰るようになっていた。
チヤドールさんは深くため息をつく。
「確か奥さん、治癒魔法が使えたよね?」
「はい。最初は治してくれていたんですが、怪我の頻度が増えすぎて……『自分でなんとかしなさい』って怒られまして」
「でしょうね」
母の顔が思い浮かぶ。
毎日血まみれで帰る四歳児を笑顔で迎えられる親はいない。
「いいかい、イノスさん。子供の怪我を軽く見ちゃいけないよ。子供の頃の傷は、一生残ることだってある。まして四歳だ。まだ身体は出来上がっていない。もう少し加減を――」
説教が始まった。
父は肩をすくめ、完全に反論できない顔をしている。母に叱られた時と同じ表情だ。
だが。
「……確かに仰る通りです。ですが、この子には並外れた魔法の才能があります」
珍しく父が言葉を返した。
「その才能を正しく扱うには、精神力と、それを支える肉体が必要です。鍛えなければ、逆に危険になります」
チヤドールさんは黙る。
「あの時のように、未熟なまま魔法を暴発させれば――人を殺すことも、この子自身が死ぬこともあり得る。だからこそ、今鍛えねばならないのです」
――あの時。
初めて火球を撃った日の記憶。
一歩間違えれば村を焼き払っていた。自分の手が焦げただけで済んだのは、ただの幸運だった。
父は、あの事故を繰り返させないために厳しくしていたのだと、この時初めて理解した。
「……言いたいことは分かったよ」
チヤドールさんは諦めたように息を吐き、棚へ向かう。
「湿布と軟膏、多めに渡そう。ただし――無理は程々に」
「はい。ありがとうございます」
親としての複雑な感情が、背中越しに伝わってくる。
だが、それでも理解してくれる人なのだ。
「おーい、ミオ! ちょっと来なさい!」
「はーい!」
奥から現れたのは、チヤドールさんの娘――ミオ。
「お父さんどうしたの? ……あっ、こんにちは!」
「こんにちは、ミオちゃん」
父は途端に優しい笑顔になる。
自分は軽く頭を下げるだけだ。
「ミオ、サダメ君の身体を少し診てあげなさい。傷跡が残っていないか確認するだけだ」
「えっ!? わ、私が?!」
ミオは真っ赤になる。
「今のうちに慣れておかないと。将来、薬師になるんだろ?」
「そ、それとこれとは別!! 心の準備ってものがあるでしょ!」
「身体を診るだけだろ? ほら、この前お父さんと練習した時みたいに――」
「それとこれとは違うっ!!」
――ドンッ!
風の塊が腹に直撃し、チヤドールさんが宙を舞う。
「ぐへっ!?」
「……はは。ミオちゃん、容赦ないな」
父と自分は苦笑するしかなかった。
確かに、これを自分がやったら父は命に関わる。良い教訓である。
こうして騒がしい一幕を経て、結局ミオに傷を診てもらい、父と共に薬屋を後にした。
温かく、少しだけ懐かしい――
そんな幼い日の記憶だった。