「さて」
ソンジさんが立ち上がる。
「ここからが本番だよ。覚悟はいいかい?」
その言葉に自然と背筋が伸びた。
家の中へ入った後、自分達はしばらく休憩を取っていた。
内部は十畳ほどの広さしかない。
一見すると本当にただの民家だ。
だが部屋の中央には隠し扉があり、その下には迷宮へ続く石階段が伸びている。
知らなければまず気付けない。
情報なしでここへ来たら、誰だって普通の家だと思うだろう。
もっとも。
学生証がなければ敷地内に入ることすら出来ないのだから、一般人が迷い込む心配はほぼないのだろうが。
それよりも――
問題は階段の先だ。
暗闇。
静寂。
そして何とも言えない圧迫感。
まだ中へ入ってすらいないのに、得体の知れない気配だけがじわりと伝わってくる。
初めての迷宮。
そう思うと自然と緊張してしまう。
その時だった。
『……ねえ』
フィーが腕をさすりながら呟く。
『なんか寒くない?』
「……」
言われて気付く。
確かに寒い。
ただの緊張だと思っていたが違ったらしい。
肌を撫でる空気そのものが冷たい。
「ああ」
ソンジさんが階段の方を見る。
「多分、迷宮の冷気だね」
「冷気?」
「今回の迷宮は【
なるほど。
名前からして寒そうだったが、まさか入口まで影響が出ているとは思わなかった。
「それなら俺が――」
昔よく使っていた炎魔法を思い出す。
寒い時は火。
単純だが効果は抜群だ。
そう提案しようとした瞬間。
「それなら私に任せて!」
元気な声が響いた。
「ミオ?」
ミオが一歩前へ出る。
その表情には自信があった。
「風の精よ、凍てつく体を癒したまえ――【
淡い光が広がる。
次の瞬間。
「おおっ!?」
身体がぽかぽかしてきた。
まるで暖炉の前にいるような心地良さだ。
暑すぎない。
汗もかかない。
絶妙な温度。
寒さだけを綺麗に消してくれる。
『すごーい!』
フィーが歓声を上げる。
「かたじけない!」
マヒロも嬉しそうだ。
「制限時間はあるけどね」
ミオは少し照れながら笑う。
「後ろから定期的に掛け直すから大丈夫だよ」
「魔力は平気なのかい?」
ソンジさんが確認する。
「はい」
ミオは頷いた。
「私、比較的魔力量は多い方ですから」
その姿を見て、思わず目を細める。
昔は自分がやっていた役目だった。
寒さから皆を守ること。
仲間を支えること。
気付けば、それをミオが当たり前のようにやっている。
嬉しかった。
心の底から。
けれど少しだけ寂しくもある。
自分がいなくても皆は前へ進める。
それは喜ぶべきことなのに、不思議な気持ちだった。
もちろん顔には出さない。
今はそんなことより――
仲間が成長してくれたことを素直に喜びたかった。
「よし」
ソンジさんが腰のポーチを叩く。
「今度こそ準備は万端だね」
皆が頷く。
緊張はある。
不安もある。
だが覚悟は決まっていた。
「それじゃあ」
ソンジさんが階段へ向き直る。
「迷宮攻略、始めようか」
その言葉を合図に、自分達は階段を下り始めた。
暗く冷たい地下世界。
未知の危険が待ち受ける迷宮――【
こうして、自分達の初めての迷宮攻略が幕を開けるのだった。