転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー30

 「さて」

 

 ソンジさんが立ち上がる。

 

 「ここからが本番だよ。覚悟はいいかい?」

 

 その言葉に自然と背筋が伸びた。

 

 家の中へ入った後、自分達はしばらく休憩を取っていた。

 

 内部は十畳ほどの広さしかない。

 

 一見すると本当にただの民家だ。

 

 だが部屋の中央には隠し扉があり、その下には迷宮へ続く石階段が伸びている。

 

 知らなければまず気付けない。

 

 情報なしでここへ来たら、誰だって普通の家だと思うだろう。

 

 もっとも。

 

 学生証がなければ敷地内に入ることすら出来ないのだから、一般人が迷い込む心配はほぼないのだろうが。

 

 それよりも――

 

 問題は階段の先だ。

 

 暗闇。

 

 静寂。

 

 そして何とも言えない圧迫感。

 

 まだ中へ入ってすらいないのに、得体の知れない気配だけがじわりと伝わってくる。

 

 初めての迷宮。

 

 そう思うと自然と緊張してしまう。

 

 その時だった。

 

 『……ねえ』

 

 フィーが腕をさすりながら呟く。

 

 『なんか寒くない?』

 

 「……」

 

 言われて気付く。

 

 確かに寒い。

 

 ただの緊張だと思っていたが違ったらしい。

 

 肌を撫でる空気そのものが冷たい。

 

 「ああ」

 

 ソンジさんが階段の方を見る。

 

 「多分、迷宮の冷気だね」

 

 「冷気?」

 

 「今回の迷宮は【白銀の零域(シルバーズ・ゼリア)】だからね。他の迷宮より寒いって聞いてるよ」

 

 なるほど。

 

 名前からして寒そうだったが、まさか入口まで影響が出ているとは思わなかった。

 

 「それなら俺が――」

 

 昔よく使っていた炎魔法を思い出す。

 

 寒い時は火。

 

 単純だが効果は抜群だ。

 

 そう提案しようとした瞬間。

 

 「それなら私に任せて!」

 

 元気な声が響いた。

 

 「ミオ?」

 

 ミオが一歩前へ出る。

 

 その表情には自信があった。

 

 「風の精よ、凍てつく体を癒したまえ――【妖精の温もり(フェアリー・ウォーム)】!」

 

 淡い光が広がる。

 

 次の瞬間。

 

 「おおっ!?」

 

 身体がぽかぽかしてきた。

 

 まるで暖炉の前にいるような心地良さだ。

 

 暑すぎない。

 

 汗もかかない。

 

 絶妙な温度。

 

 寒さだけを綺麗に消してくれる。

 

 『すごーい!』

 

 フィーが歓声を上げる。

 

 「かたじけない!」

 

 マヒロも嬉しそうだ。

 

 「制限時間はあるけどね」

 

 ミオは少し照れながら笑う。

 

 「後ろから定期的に掛け直すから大丈夫だよ」

 

 「魔力は平気なのかい?」

 

 ソンジさんが確認する。

 

 「はい」

 

 ミオは頷いた。

 

 「私、比較的魔力量は多い方ですから」

 

 その姿を見て、思わず目を細める。

 

 昔は自分がやっていた役目だった。

 

 寒さから皆を守ること。

 

 仲間を支えること。

 

 気付けば、それをミオが当たり前のようにやっている。

 

 嬉しかった。

 

 心の底から。

 

 けれど少しだけ寂しくもある。

 

 自分がいなくても皆は前へ進める。

 

 それは喜ぶべきことなのに、不思議な気持ちだった。

 

 もちろん顔には出さない。

 

 今はそんなことより――

 

 仲間が成長してくれたことを素直に喜びたかった。

 

 「よし」

 

 ソンジさんが腰のポーチを叩く。

 

 「今度こそ準備は万端だね」

 

 皆が頷く。

 

 緊張はある。

 

 不安もある。

 

 だが覚悟は決まっていた。

 

 「それじゃあ」

 

 ソンジさんが階段へ向き直る。

 

 「迷宮攻略、始めようか」

 

 その言葉を合図に、自分達は階段を下り始めた。

 

 暗く冷たい地下世界。

 

 未知の危険が待ち受ける迷宮――【白銀の零域(シルバーズ・ゼリア)】へ。

 

 こうして、自分達の初めての迷宮攻略が幕を開けるのだった。

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