『うわあぁぁ! 綺麗ー!!』
「……すごい」
迷宮へ足を踏み入れてから数分。
長く薄暗い石階段を下りきった先には、思わず息を呑むような光景が広がっていた。
天井から垂れ下がる無数の鍾乳石。
岩肌の隙間からは淡い白銀色の光が漏れ出し、洞窟全体を幻想的に照らしている。
氷の世界というほどではない。
だが、どこか雪景色を思わせる白さがあり、その美しさは自然と思考を奪うほどだった。
白銀の零域《シルバーズ・ゼリア》。
なるほど。
たしかにこの名に相応しい景色だ。
あの小さな家の地下に、こんな世界が広がっているなど誰が想像できるだろうか。
『すごいなぁ……』
フィーも目を輝かせている。
ミオも感嘆の声を漏らしていた。
しかし――
「感動するのは結構だけど」
ソンジさんが地図を広げる。
「ここは迷宮だ。ぼーっと突っ立ってると死ぬよ?」
「……ですよね」
一瞬で現実へ引き戻された。
綺麗だからといって安全なわけではない。
むしろ魔物の巣窟だ。
気を抜けば命を落とす。
ソンジさんの言葉に皆の表情も引き締まる。
「それじゃあ、予定通り進もうか」
今回の隊列は、
先頭に経験者であるソンジさん。
二列目にマヒロとフィー。
三列目にギリスケと自分。
そして最後尾にミオ。
一・二・二・一の陣形だ。
こうして並べると、なんだかサッカーのフォーメーションみたいだなと思う。
もっとも、こちらは負けたら命に関わるのだが。
さらに全員が【気配殺し《サイン・キラー》】のマントと【完全沈黙《パーフェレンス》】のブーツを装備している。
おかげで驚くほど静かだ。
自分達の足音すら聞こえない。
魔物からすれば幽霊の集団みたいなものだろう。
「最下層までは十階層」
歩きながらソンジさんが説明を続ける。
「階段を下りるのを繰り返すだけだから、順調に行けば片道二時間ぐらいかな」
「うへぇ……」
ギリスケが嫌そうな声を上げる。
「往復四時間かよ……。ここ来るまでにも散々歩いたんだけど」
「まあまあ」
ソンジさんが肩を竦めた。
「近道が見つかればもっと短縮できるかもしれないしね」
『そんな都合良くあるんですか?』
フィーが首を傾げる。
「迷宮なんてそんなもんだよ」
ソンジさんは笑った。
「地図に載ってるのは正規ルートだけ。危険だけど近い道なんて結構あるからね」
そして。
彼女はふと後ろを振り返った。
視線の先にいたのはミオだ。
「その時は頼りにしてるよ」
「え?」
「君の魔法なら崖から落ちても助けられるし、怪我人も治せる。何かあった時、一番重要なのは最後尾の君だ」
「……!」
ミオの肩が僅かに震える。
本人は平静を装っている。
だが突然そんなことを言われればプレッシャーを感じるのも当然だった。
「は、はい!」
それでもミオは頷く。
精一杯の笑顔を浮かべながら。
「頑張ります!」
その姿を見て、自分は少しだけ不安になった。
たしかにソンジさんの言う通りだ。
風魔法。
治癒魔法。
支援能力。
今回の探索においてミオの存在は非常に大きい。
だからこそ。
失敗できないという重圧もまた大きい。
「……ミオ」
思わず声を掛ける。
「大丈夫か?」
「うん」
ミオは即答した。
「大丈夫だよ」
笑顔だった。
いつも通りの明るい笑顔。
けれど。
本当に大丈夫なのかまでは分からない。
「私だって、こういう時のために色んな魔法を覚えてきたんだから」
「……そっか」
それ以上は聞かなかった。
本人が大丈夫と言うのなら信じるしかない。
何かあれば自分が支えればいい。
ただ、それだけの話だ。
――そう。
この時の自分は本気でそう思っていた。
この迷宮で待ち受ける出来事が、そんな生易しいものではないとも知らずに。