転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー31

 『うわあぁぁ! 綺麗ー!!』

 

 「……すごい」

 

 迷宮へ足を踏み入れてから数分。

 

 長く薄暗い石階段を下りきった先には、思わず息を呑むような光景が広がっていた。

 

 天井から垂れ下がる無数の鍾乳石。

 

 岩肌の隙間からは淡い白銀色の光が漏れ出し、洞窟全体を幻想的に照らしている。

 

 氷の世界というほどではない。

 

 だが、どこか雪景色を思わせる白さがあり、その美しさは自然と思考を奪うほどだった。

 

 白銀の零域《シルバーズ・ゼリア》。

 

 なるほど。

 

 たしかにこの名に相応しい景色だ。

 

 あの小さな家の地下に、こんな世界が広がっているなど誰が想像できるだろうか。

 

 『すごいなぁ……』

 

 フィーも目を輝かせている。

 

 ミオも感嘆の声を漏らしていた。

 

 しかし――

 

 「感動するのは結構だけど」

 

 ソンジさんが地図を広げる。

 

 「ここは迷宮だ。ぼーっと突っ立ってると死ぬよ?」

 

 「……ですよね」

 

 一瞬で現実へ引き戻された。

 

 綺麗だからといって安全なわけではない。

 

 むしろ魔物の巣窟だ。

 

 気を抜けば命を落とす。

 

 ソンジさんの言葉に皆の表情も引き締まる。

 

 「それじゃあ、予定通り進もうか」

 

 今回の隊列は、

 

 先頭に経験者であるソンジさん。

 

 二列目にマヒロとフィー。

 

 三列目にギリスケと自分。

 

 そして最後尾にミオ。

 

 一・二・二・一の陣形だ。

 

 こうして並べると、なんだかサッカーのフォーメーションみたいだなと思う。

 

 もっとも、こちらは負けたら命に関わるのだが。

 

 さらに全員が【気配殺し《サイン・キラー》】のマントと【完全沈黙《パーフェレンス》】のブーツを装備している。

 

 おかげで驚くほど静かだ。

 

 自分達の足音すら聞こえない。

 

 魔物からすれば幽霊の集団みたいなものだろう。

 

 「最下層までは十階層」

 

 歩きながらソンジさんが説明を続ける。

 

 「階段を下りるのを繰り返すだけだから、順調に行けば片道二時間ぐらいかな」

 

 「うへぇ……」

 

 ギリスケが嫌そうな声を上げる。

 

 「往復四時間かよ……。ここ来るまでにも散々歩いたんだけど」

 

 「まあまあ」

 

 ソンジさんが肩を竦めた。

 

 「近道が見つかればもっと短縮できるかもしれないしね」

 

 『そんな都合良くあるんですか?』

 

 フィーが首を傾げる。

 

 「迷宮なんてそんなもんだよ」

 

 ソンジさんは笑った。

 

 「地図に載ってるのは正規ルートだけ。危険だけど近い道なんて結構あるからね」

 

 そして。

 

 彼女はふと後ろを振り返った。

 

 視線の先にいたのはミオだ。

 

 「その時は頼りにしてるよ」

 

 「え?」

 

 「君の魔法なら崖から落ちても助けられるし、怪我人も治せる。何かあった時、一番重要なのは最後尾の君だ」

 

 「……!」

 

 ミオの肩が僅かに震える。

 

 本人は平静を装っている。

 

 だが突然そんなことを言われればプレッシャーを感じるのも当然だった。

 

 「は、はい!」

 

 それでもミオは頷く。

 

 精一杯の笑顔を浮かべながら。

 

 「頑張ります!」

 

 その姿を見て、自分は少しだけ不安になった。

 

 たしかにソンジさんの言う通りだ。

 

 風魔法。

 

 治癒魔法。

 

 支援能力。

 

 今回の探索においてミオの存在は非常に大きい。

 

 だからこそ。

 

 失敗できないという重圧もまた大きい。

 

 「……ミオ」

 

 思わず声を掛ける。

 

 「大丈夫か?」

 

 「うん」

 

 ミオは即答した。

 

 「大丈夫だよ」

 

 笑顔だった。

 

 いつも通りの明るい笑顔。

 

 けれど。

 

 本当に大丈夫なのかまでは分からない。

 

 「私だって、こういう時のために色んな魔法を覚えてきたんだから」

 

 「……そっか」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 本人が大丈夫と言うのなら信じるしかない。

 

 何かあれば自分が支えればいい。

 

 ただ、それだけの話だ。

 

 ――そう。

 

 この時の自分は本気でそう思っていた。

 

 この迷宮で待ち受ける出来事が、そんな生易しいものではないとも知らずに。

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