転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー35

 「魔法が……使えない?」

 

 思わず聞き返していた。

 

 耳では言葉を理解しているはずなのに、その意味が頭に入ってこない。

 

 魔法が使えない。

 

 そんなことが、本当にあり得るのか。

 

 『ど、どういうことなの、ミオ?』

 

 フィーも困惑したように尋ねる。

 

 当然だ。

 

 この場にいる誰一人として、そんな現象を聞いたことがなかった。

 

 ミオは胸を押さえながら、乱れた呼吸を必死に整える。

 

 まだ顔色は悪い。

 

 額には冷や汗が浮かんでいた。

 

 「わ、私の風魔法は……自分の魔力と自然の魔力を繋げて発動してるの」

 

 震える声で説明を続ける。

 

 「だから、あの穴の中に流れてる魔力と私の魔力を繋げて、風でギリスケ君を押し戻そうとしたんだけど……」

 

 そこまで言って言葉を詰まらせた。

 

 何かを思い出しただけで気分が悪くなるような顔だった。

 

 「できなかったの」

 

 「できなかった?」

 

 「うん……」

 

 ミオは暗闇の奥を見つめる。

 

 まるでそこにいる何かを恐れるように。

 

 「弾かれるのとは違うの」

 

 ぽつりと呟く。

 

 「なんて言えばいいんだろう……」

 

 少しだけ考え込み、

 

 そして絞り出すように言った。

 

 「混ざらない、かな」

 

 「混ざらない……?」

 

 思わず復唱する。

 

 魔力が混ざらない。

 

 そんな現象があるのか。

 

 魔力同士が反発することなら聞いたことがある。

 

 相性が悪いこともある。

 

 けれど、混ざらない?

 

 まるで水と油みたいな話じゃないか。

 

 「無理やり繋げようとしたら……急に気持ち悪くなって……」

 

 ミオは苦しそうに胸を押さえる。

 

 「頭がぐらぐらして……吐きそうになって……」

 

 そこまで聞いて、ようやく理解した。

 

 ミオは失敗したんじゃない。

 

 失敗させられたのだ。

 

 あの穴の奥に存在する何かによって。

 

 そして――

 

 そこで自分もようやく違和感の正体に気付いた。

 

 穴から流れ出ている魔力。

 

 それが明らかにおかしい。

 

 今まで感じていた迷宮の魔力とは質が違う。

 

 濃さではない。

 

 強さでもない。

 

 もっと根本的な何かが違う。

 

 まるで別世界の空気が裂け目から漏れ出しているような感覚。

 

 肌が粟立つ。

 

 本能が警鐘を鳴らしている。

 

 『ひっ……さ、寒っ……!』

 

 フィーが身体を抱き締めながら震えた。

 

 その声で我に返る。

 

 ミオの【妖精の温もり(フェアリー・ウォーム)】はまだ発動している。

 

 魔法が切れたわけじゃない。

 

 それなのに。

 

 穴の底から吹き上がる冷気は容赦なく身体を蝕んでいた。

 

 肺に入った空気が冷たい。

 

 息を吸うたび胸が痛い。

 

 指先の感覚が少しずつ鈍っていく。

 

 魔法で防いでいてこれだ。

 

 もし防寒魔法がなかったら。

 

 もし直接あの中に落ちたら。

 

 ――死ぬ。

 

 そんな確信だけがあった。

 

 そして。

 

 その場所へ。

 

 ギリスケは落ちた。

 

 「……」

 

 嫌な想像が頭をよぎる。

 

 この深さだ。

 

 落下だけでも無事とは思えない。

 

 仮に奇跡的に生きていたとしても、この寒さの中でどれだけ耐えられる?

 

 数分か。

 

 十数分か。

 

 どちらにせよ長くはない。

 

 助けるなら今しかない。

 

 けれど、どうやって?

 

 ミオの魔法は通用しない。

 

 ロープもない。

 

 底も見えない。

 

 何がいるかも分からない。

 

 救助方法が何一つ思いつかなかった。

 

 焦りだけが募っていく。

 

 その時だった。

 

 「……うむ」

 

 静かな声が響く。

 

 『マヒロちゃん?』

 

 全員の視線が集まる。

 

 マヒロは穴の縁に立ち、じっと暗闇を見下ろしていた。

 

 その横顔は驚くほど冷静だった。

 

 焦りもない。

 

 恐怖もない。

 

 まるで答えを見つけてしまったかのように。

 

 彼女は一度だけ頷く。

 

 そして振り返った。

 

 「事情は理解したでござる」

 

 その声は落ち着いていた。

 

 だからこそ。

 

 次の言葉はあまりにも自然で。

 

 あまりにも当たり前のように。

 

 彼女の口から放たれた。

 

 「ならば――」

 

 一歩前へ出る。

 

 穴の淵まで。

 

 躊躇いなく。

 

 「拙者が助けに行くでござる」

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