「魔法が……使えない?」
思わず聞き返していた。
耳では言葉を理解しているはずなのに、その意味が頭に入ってこない。
魔法が使えない。
そんなことが、本当にあり得るのか。
『ど、どういうことなの、ミオ?』
フィーも困惑したように尋ねる。
当然だ。
この場にいる誰一人として、そんな現象を聞いたことがなかった。
ミオは胸を押さえながら、乱れた呼吸を必死に整える。
まだ顔色は悪い。
額には冷や汗が浮かんでいた。
「わ、私の風魔法は……自分の魔力と自然の魔力を繋げて発動してるの」
震える声で説明を続ける。
「だから、あの穴の中に流れてる魔力と私の魔力を繋げて、風でギリスケ君を押し戻そうとしたんだけど……」
そこまで言って言葉を詰まらせた。
何かを思い出しただけで気分が悪くなるような顔だった。
「できなかったの」
「できなかった?」
「うん……」
ミオは暗闇の奥を見つめる。
まるでそこにいる何かを恐れるように。
「弾かれるのとは違うの」
ぽつりと呟く。
「なんて言えばいいんだろう……」
少しだけ考え込み、
そして絞り出すように言った。
「混ざらない、かな」
「混ざらない……?」
思わず復唱する。
魔力が混ざらない。
そんな現象があるのか。
魔力同士が反発することなら聞いたことがある。
相性が悪いこともある。
けれど、混ざらない?
まるで水と油みたいな話じゃないか。
「無理やり繋げようとしたら……急に気持ち悪くなって……」
ミオは苦しそうに胸を押さえる。
「頭がぐらぐらして……吐きそうになって……」
そこまで聞いて、ようやく理解した。
ミオは失敗したんじゃない。
失敗させられたのだ。
あの穴の奥に存在する何かによって。
そして――
そこで自分もようやく違和感の正体に気付いた。
穴から流れ出ている魔力。
それが明らかにおかしい。
今まで感じていた迷宮の魔力とは質が違う。
濃さではない。
強さでもない。
もっと根本的な何かが違う。
まるで別世界の空気が裂け目から漏れ出しているような感覚。
肌が粟立つ。
本能が警鐘を鳴らしている。
『ひっ……さ、寒っ……!』
フィーが身体を抱き締めながら震えた。
その声で我に返る。
ミオの【
魔法が切れたわけじゃない。
それなのに。
穴の底から吹き上がる冷気は容赦なく身体を蝕んでいた。
肺に入った空気が冷たい。
息を吸うたび胸が痛い。
指先の感覚が少しずつ鈍っていく。
魔法で防いでいてこれだ。
もし防寒魔法がなかったら。
もし直接あの中に落ちたら。
――死ぬ。
そんな確信だけがあった。
そして。
その場所へ。
ギリスケは落ちた。
「……」
嫌な想像が頭をよぎる。
この深さだ。
落下だけでも無事とは思えない。
仮に奇跡的に生きていたとしても、この寒さの中でどれだけ耐えられる?
数分か。
十数分か。
どちらにせよ長くはない。
助けるなら今しかない。
けれど、どうやって?
ミオの魔法は通用しない。
ロープもない。
底も見えない。
何がいるかも分からない。
救助方法が何一つ思いつかなかった。
焦りだけが募っていく。
その時だった。
「……うむ」
静かな声が響く。
『マヒロちゃん?』
全員の視線が集まる。
マヒロは穴の縁に立ち、じっと暗闇を見下ろしていた。
その横顔は驚くほど冷静だった。
焦りもない。
恐怖もない。
まるで答えを見つけてしまったかのように。
彼女は一度だけ頷く。
そして振り返った。
「事情は理解したでござる」
その声は落ち着いていた。
だからこそ。
次の言葉はあまりにも自然で。
あまりにも当たり前のように。
彼女の口から放たれた。
「ならば――」
一歩前へ出る。
穴の淵まで。
躊躇いなく。
「拙者が助けに行くでござる」