転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー36

 「『なっ!?』」

 

 マヒロの言葉の意味を理解した瞬間、自分達は言葉を失った。

 

 彼女が言っているのは単純な話だ。

 

 ――自分で助けに行く。

 

 ただそれだけ。

 

 だが、それがどれほど無茶なことなのか、この場にいる全員が理解していた。

 

 目の前に広がる底の見えない奈落。

 

 異様な冷気。

 

 そして、ミオの魔法すら通じない未知の魔力。

 

 そんな場所へ、自ら飛び込むと言っているのだ。

 

 「ちょ、ちょっと待った!?」

 

 真っ先に我に返ったのはソンジさんだった。

 

 「マヒロ君。それ、本気で言ってるんだよな?」

 

 「うむ」

 

 マヒロは即答する。

 

 迷いなど微塵も感じられない。

 

 「着地なら何とかなると思うでござる」

 

 「いや、問題はそこじゃないんだよ!」

 

 ソンジさんが頭を抱えた。

 

 その気持ちは痛いほど分かる。

 

 確かに落下も問題だ。

 

 だが、本当に恐ろしいのはその先にある。

 

 この穴から溢れ出る異常な魔力。

 

 本能が警告している。

 

 絶対に近付いてはいけない場所だと。

 

 「恐らく、その先は騎士団ですら近付けない危険区域だ」

 

 ソンジさんは穴を睨みながら続ける。

 

 「この壁だって、侵入を防ぐための封印か結界だろう。ギリスケ君は偶然その仕掛けを作動させてしまったんだと思う」

 

 冷静に分析しているように見える。

 

 だが、その声には焦りが滲んでいた。

 

 「私が言いたいことは分かるよね?」

 

 マヒロは何も言わない。

 

 ただ静かに聞いている。

 

 「その先は未知の領域なんだ。私達が相手にできる保証なんてどこにもない」

 

 ソンジさんの拳が小さく震えていた。

 

 「君の気持ちは分かる。助けたいと思うのは当然だ」

 

 一度言葉を切る。

 

 そして、苦しそうに続けた。

 

 「出来ることなら私だって助けたい」

 

 その声は少し掠れていた。

 

 「だけど、もし君まで帰って来られなくなったらどうするんだ」

 

 沈黙。

 

 誰も何も言えない。

 

 「ギリスケ君には悪いけど……」

 

 その先の言葉は最後まで口にできなかった。

 

 言う必要がなかったからだ。

 

 ここにいる全員が理解してしまっている。

 

 助かる可能性は低い。

 

 それどころか、限りなくゼロに近い。

 

 だからこそソンジさんは止めている。

 

 これ以上仲間を失わないために。

 

 犠牲者を増やさないために。

 

 それが正しい判断だと分かっているから。

 

 悔しい。

 

 苦しい。

 

 認めたくない。

 

 それでも――。

 

 自分もまた、ソンジさんの言葉を否定できなかった。

 

 理屈だけなら、彼女が正しい。

 

 そう思った時だった。

 

 「うむ」

 

 静かな声が響く。

 

 マヒロだった。

 

 彼女は依然として穴の奥を見つめている。

 

 「ソンジ殿の言い分も理解しておる」

 

 穏やかな声だった。

 

 だからこそ、その次の言葉は重かった。

 

 「危険なのも分かる」

 

 「帰って来られぬ可能性があることも理解しておる」

 

 「それでも――」

 

 そこでようやくマヒロはこちらを振り返った。

 

 その瞳に迷いはない。

 

 決意だけがあった。

 

 「拙者はギリスケ殿を助けに行くでござる」

 

 「ッ!?」

 

 ソンジさんが息を呑む。

 

 予想していたはずなのに。

 

 それでも止められなかった。

 

 マヒロの覚悟がそれほどまでに強かったからだ。

 

 「何故だ」

 

 絞り出すようにソンジさんが尋ねる。

 

 「そこまでして行く理由は何なんだ」

 

 その問いに。

 

 マヒロは少しだけ目を伏せた。

 

 そして。

 

 静かに答える。

 

 「簡単なことでござるよ」

 

 その声音は驚くほど優しかった。

 

 まるで当たり前のことを話しているかのように。

 

 「拙者は――」

 

 一歩前へ出る。

 

 奈落の縁へ。

 

 「友を見殺しにして」

 

 冷気が吹き上がる。

 

 それでも彼女は立ち止まらない。

 

 「その後の日々を笑って過ごせるほど」

 

 拳を握る。

 

 迷いなく。

 

 強く。

 

 「器用な人間ではござらぬ」

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