「『なっ!?』」
マヒロの言葉の意味を理解した瞬間、自分達は言葉を失った。
彼女が言っているのは単純な話だ。
――自分で助けに行く。
ただそれだけ。
だが、それがどれほど無茶なことなのか、この場にいる全員が理解していた。
目の前に広がる底の見えない奈落。
異様な冷気。
そして、ミオの魔法すら通じない未知の魔力。
そんな場所へ、自ら飛び込むと言っているのだ。
「ちょ、ちょっと待った!?」
真っ先に我に返ったのはソンジさんだった。
「マヒロ君。それ、本気で言ってるんだよな?」
「うむ」
マヒロは即答する。
迷いなど微塵も感じられない。
「着地なら何とかなると思うでござる」
「いや、問題はそこじゃないんだよ!」
ソンジさんが頭を抱えた。
その気持ちは痛いほど分かる。
確かに落下も問題だ。
だが、本当に恐ろしいのはその先にある。
この穴から溢れ出る異常な魔力。
本能が警告している。
絶対に近付いてはいけない場所だと。
「恐らく、その先は騎士団ですら近付けない危険区域だ」
ソンジさんは穴を睨みながら続ける。
「この壁だって、侵入を防ぐための封印か結界だろう。ギリスケ君は偶然その仕掛けを作動させてしまったんだと思う」
冷静に分析しているように見える。
だが、その声には焦りが滲んでいた。
「私が言いたいことは分かるよね?」
マヒロは何も言わない。
ただ静かに聞いている。
「その先は未知の領域なんだ。私達が相手にできる保証なんてどこにもない」
ソンジさんの拳が小さく震えていた。
「君の気持ちは分かる。助けたいと思うのは当然だ」
一度言葉を切る。
そして、苦しそうに続けた。
「出来ることなら私だって助けたい」
その声は少し掠れていた。
「だけど、もし君まで帰って来られなくなったらどうするんだ」
沈黙。
誰も何も言えない。
「ギリスケ君には悪いけど……」
その先の言葉は最後まで口にできなかった。
言う必要がなかったからだ。
ここにいる全員が理解してしまっている。
助かる可能性は低い。
それどころか、限りなくゼロに近い。
だからこそソンジさんは止めている。
これ以上仲間を失わないために。
犠牲者を増やさないために。
それが正しい判断だと分かっているから。
悔しい。
苦しい。
認めたくない。
それでも――。
自分もまた、ソンジさんの言葉を否定できなかった。
理屈だけなら、彼女が正しい。
そう思った時だった。
「うむ」
静かな声が響く。
マヒロだった。
彼女は依然として穴の奥を見つめている。
「ソンジ殿の言い分も理解しておる」
穏やかな声だった。
だからこそ、その次の言葉は重かった。
「危険なのも分かる」
「帰って来られぬ可能性があることも理解しておる」
「それでも――」
そこでようやくマヒロはこちらを振り返った。
その瞳に迷いはない。
決意だけがあった。
「拙者はギリスケ殿を助けに行くでござる」
「ッ!?」
ソンジさんが息を呑む。
予想していたはずなのに。
それでも止められなかった。
マヒロの覚悟がそれほどまでに強かったからだ。
「何故だ」
絞り出すようにソンジさんが尋ねる。
「そこまでして行く理由は何なんだ」
その問いに。
マヒロは少しだけ目を伏せた。
そして。
静かに答える。
「簡単なことでござるよ」
その声音は驚くほど優しかった。
まるで当たり前のことを話しているかのように。
「拙者は――」
一歩前へ出る。
奈落の縁へ。
「友を見殺しにして」
冷気が吹き上がる。
それでも彼女は立ち止まらない。
「その後の日々を笑って過ごせるほど」
拳を握る。
迷いなく。
強く。
「器用な人間ではござらぬ」