「ッ!?」
「では、行って参る」
「ちょっ、マヒロ君!?」
それだけ言い残し、マヒロは暗く深い空洞へと身を躍らせた。
最後までソンジさんは彼女を止めようと手を伸ばす。しかし、その指先が届く頃には、マヒロの姿はすでに闇の中へと消えていた。
静寂が訪れる。
ただ、ぽっかりと口を開けた空洞だけが、そこに残されていた。
「……くそっ!」
ソンジさんは膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込み、悔しそうに拳を握り締めた。
本気で止めたかったのだろう。
その横顔からは、自分達を守ろうとする強い責任感と、それを果たせなかった無力感が痛いほど伝わってきた。
自分も止めるべきだったのかもしれない。
だが、最後まで口を挟めなかった。
――いや、違う。
止めたくなかったんだ。
脳裏に浮かぶのは、あの日の記憶。
ラエル達を助けられなかった、あの時のことだ。
今の自分は普通に学園へ通い、仲間達と笑い合いながら日々を過ごしている。
厳しいことも多いが、楽しいと思える時間だって確かにある。
もちろん、ラエル達を忘れたわけじゃない。
彼らの分まで生きようと決めた。その想いに嘘はない。
それでも時々考えてしまう。
助けられなかった自分が、何事もなかったかのように笑っていていいのだろうか、と。
きっと彼らなら許してくれる。
いや、むしろそうしてほしいと願ってくれているはずだ。
そう信じたい。
だが、それは生き残った自分の都合の良い解釈でしかないのではないか。
そんな考えが頭をよぎることもある。
人の本心なんて、生きていたって分からない。
まして死者の想いなど、誰にも知ることはできないのだから。
だからこそ――。
マヒロの言葉は、自分の胸に深く突き刺さった。
『後悔したくない』
彼女の行動は、ある意味で自分がずっと求めていた答えそのものだったのかもしれない。
罪悪感や後悔を抱え続けるくらいなら、自ら動く。
後で悔やむくらいなら、危険を承知で手を伸ばす。
まさに今の彼女がそうしたように。
たとえ命懸けだったとしても。
何もせずに見送った結果、一生後悔するよりは――。
そんな彼女の覚悟を目の当たりにしてしまえば、止めることなどできなかった。
もちろん、ソンジさんの判断も間違ってはいない。
一人でも多く生き残ることは何より重要だ。
無謀な行動を止めようとするのも当然だった。
どちらの考えも理解できる。
だからこそ、誰が正しいとも言えない。
その結果として、皆の意思は二つに分かれてしまった。
問題はここからだ。
マヒロを追うべきか。
それとも一度迷宮を脱出し、応援を呼ぶべきか。
どちらを選んでも後悔が残りそうな気がした。
『ッ!? ね、ねえ! あれって……』
「ん?」
悩んでいたところで、フィーが青ざめた顔のまま後方を指差した。
空洞のことで頭がいっぱいになり、索敵がおろそかになっていた。
その瞬間、自分は嫌な予感に襲われる。
慌てて振り返った。
「なっ……!?」
視界に飛び込んできた光景に息を呑む。
いつの間に現れたのか。
通路の奥や壁際、さらには天井近くにまで、黒い靄のようなものがいくつも漂っていた。
そして、その靄の中から次々と魔物の輪郭が形作られていく。
まるで迷宮そのものが新たな魔物を産み落としているかのようだった。
しかも、一体や二体ではない。
数十にも及ぶ気配が、一斉にこちらへ牙を剥こうとしていた。