「う、うぅぅぅぅぅ……」
「ど、どうなってるの?」
つい先ほどまで気配すらなかったはずの地面が、ぼこり、ぼこりと盛り上がる。
その裂け目から次々と魔物が姿を現していく。
まるで迷宮そのものが命を宿し始めたかのような異様な光景だった。
このタイミングで魔物が大量発生するなんて――あまりにも出来すぎている。
「……そうか」
そんな中、ソンジさんが何かに気付いたように小さく呟いた。
原因が分かったのだろうか。
「この冷気……いや、魔障がここまで流れ込んできてるんだ」
「魔障が? 魔障って、たしか……」
魔障。
その言葉を聞いた瞬間、真っ先に頭に浮かんだのは十死怪の一人・エイシャが使っていた魔障結界だった。
人が浴び続ければ命を落とすほど危険な瘴気。
もしこの冷気も同じものなら――。
背筋を嫌な汗が伝う。
「安心しろ。魔障にも種類がある。大量の魔力を含んだ自然現象みたいなもので、人間が長時間浴びれば悪影響はあるが、この程度なら命に関わるほどじゃない」
ソンジさんの説明に胸を撫で下ろす。
とはいえ、この肌を刺すような寒さで害がないと言われても、簡単には信じられなかった。
「ただし――」
その一言で空気が変わる。
「魔障は魔物にとって最高の栄養源だ。栄養豊富な土地ほど植物が育つように、魔障が濃い場所ほど魔物は活性化する。そして今、その状態になってる」
「ッ!?」
つまり、この魔障が流れ込んできたことで魔物が次々と生まれているということか。
ようやく、この異常事態の理由が繋がった。
『ど、どどど、どうするんですか!? それにマヒロちゃんとギリスケ君は……!』
フィーの声は震えていた。
目の前では魔物が増え続け、奥ではマヒロ達が戻らない。
焦らない方がおかしい。
助けを求めるようにソンジさんを見る。
「……」
しかし、返事はなかった。
ソンジさんは空洞へ視線を向けたまま、固く唇を結んでいる。
気配消しのマントがある以上、今すぐ魔物に見つかることはないだろう。
だが、このまま魔障が流れ込み続ければ魔物は増え続ける。
いずれ通路は魔物で埋め尽くされ、脱出さえ困難になる。
それでも――。
あの暗闇の先には、マヒロとギリスケがいる。
助けを待っているかもしれない。
見捨てるのか。
救いに行くのか。
二つの選択肢が、ソンジさんの胸を締め付けていた。
マヒロが飛び降りる直前に残した言葉。
あの覚悟が、きっと彼女の心も揺らしているのだろう。
「ソンジ……さん?」
『ソンジさん!?』
「……っ」
返事はない。
ただ、奥歯を食いしばる音だけが静かに響く。
握り締めた拳は白くなるほど力が入り、今にも爪が掌へ食い込みそうだった。
時間だけが無情に過ぎていく。
迷っている間にも魔物は増え続ける。
決断しなければならない。
今、この瞬間に。
――もし自分だったら。
その答えは、もうとっくに決まっていた。
本当はソンジさんの決断を聞きたかった。
だけど。
決められないというのなら――。
自分が決める。
一歩前へ踏み出し、大きく息を吸う。
そして、迷いを振り払うように口を開いた。
「……なら、行きましょう。マヒロ達のところに!」