「うーん。もうこれ以上いい案は出ないか。しょうがない。本当は君の負担を考えると使いたくはなかったんだが、最終手段でいく。申し訳ないけど頼んだよ、ミオ君」
それからしばらく皆で脱出方法を考え続けたものの、有効な案は最後まで浮かばなかった。
このまま時間だけを無駄にするわけにもいかず、ソンジさんはとうとう最終手段であるミオの風魔法を使い、自分達が落ちてきた空洞を逆戻りする決断を下す。
ミオへの負担は決して小さくない。それでも、この場を全員で脱出できる可能性がある方法は、それしか残されていなかった。
「分かりました。今すぐ準備するんで、皆近くに集まってもらっていいですか?」
ミオも覚悟を決めたように頷く。
少しでも魔力の消費を抑えるためだろう。皆を一か所へ集めるよう促してきた。
どれほど効果があるかは分からない。だが、僅かでも成功率が上がるのなら従わない理由はなかった。
『……』
「? フィー殿? どうかしたのでござるか?」
皆がミオの周囲へ集まり始めるなか、一人だけフィーは動かなかった。
少し離れた場所で、自分達が落ちてきた空洞をじっと見上げたまま立ち尽くしている。
その異変に真っ先に気付いたマヒロが声を掛ける。しかし、フィーは反応を示さない。
具合が悪そうというわけではない。
どこか遠くを見つめるような目で、何かを考え込んでいるようだった。
「フィーちゃん!? どうしたのー!? 早く行くよー!?」
ミオが大声で呼び掛ける。
『んー?』
返ってきたのは、間の抜けた返事だけだった。
彼女は首を傾げながらこちらを一瞥すると、再び視線を空洞へ戻してしまう。
一体、何がそんなに気になるのか。
自分には見当もつかなかった。
「フィー君。何か気になることでもあるのかい?」
その様子を不思議に思ったソンジさんが穏やかな口調で問い掛ける。
普段の彼女なら、こんな状況で立ち止まることはない。
ましてや脱出を目前にしている今だ。
だからこそ、その行動が余計に気になってしまう。
『……いやー。今さら気にするほどのことじゃないかなーとも思ったんですけど、一回気になっちゃうと、なんかずーっと引っ掛かっちゃって』
「?????」
フィーは困ったように頬を掻きながら苦笑する。
大したことではないと言う割には、ここまで考え込んでしまうほど気になっているらしい。
その歯切れの悪い言い方に、自分達は顔を見合わせる。
彼女が何を言おうとしているのか、誰一人として想像できなかった。
だからこそ、黙って次の言葉を待つしかない。
『ここだけ、なんで魔物が生まれないんだろーって』
その何気ない一言を聞いた瞬間、自分達の思考は止まった。
言われてみれば、その通りだった。
ここへ落ちてからというもの、あれほど魔物が湧き続けていたこの迷宮で、一匹たりとも姿を現していない。
戦闘になることを覚悟していたにもかかわらず、襲撃は一度もなかった。
それを幸運だとばかり思い込み、誰一人として疑問にすら思わなかったのだ。
静寂。
その異常さに気付いた途端、この空洞を満たしていた沈黙が急に不気味なものへと姿を変える。
自分達は思わず周囲を見回した。
なぜ魔物が現れないのか。
その理由を、この時の自分達はまだ知らない。
いや――知ろうともしていなかった。
それが、この地下空洞に隠された恐るべき真実へと繋がっていることを、自分達はもう少し後になって思い知ることになるのだった。