「ッ!? そういえば妙だな」
「? どういうことでござる?」
フィーの一言を聞いた瞬間、ソンジさんの表情が険しくなる。
あの時の状況を知らないマヒロとギリスケだけは、何が引っ掛かったのか分からないようで、不思議そうに首を傾げていた。
その様子を見たマヒロが、ソンジさんへ問い掛ける。
「上の階層は今、魔障の冷気が漂っていて、その影響で魔物が異常発生している。なのに、その発生源であるはずのここには魔物どころか、私達以外の生き物の気配すらない」
ソンジさんは周囲を見回しながら静かに続ける。
「明らかにおかしいんだ。魔障は魔物にとって最高の環境のはずなんだよ。それなのに一体も現れないなんて……よく考えたら異常事態だ。どうしてなんだ?」
最後の問い掛けは、自分自身へ向けたものだった。
口元に手を添えたまま思考を巡らせるソンジさんを見て、自分達もようやく事の異常さを理解し始める。
気付けば脱出のことなど頭から消え、全員が同じ疑問について考え始めていた。
「うーん。魔物も生まれないくらい、ここが寒すぎるとか?」
最初に口を開いたのはギリスケだった。
思い付きをそのまま口にしたような推測だったが、ソンジさんはすぐに首を横へ振る。
「それはないね。魔物は生まれた環境に適応する生き物だ。そもそもこの迷宮なら、寒さに耐性を持つ個体しか生まれないはず。地上の魔物が迷い込んでくることはなくても、この環境なら自然発生するのが普通なんだ」
一度言葉を切り、空洞全体へ視線を向ける。
「むしろ発生源なら、上層とは比べ物にならないほど強力な個体が生まれていても不思議じゃない。それなのに、何もいない」
その言葉に誰も反論できなかった。
確かに、僅かな魔障の冷気が漏れ出しただけで、あれほど大量の魔物が地上へ現れていた。
だとすれば、その源であるこの場所には、より危険な魔物がひしめいていてもおかしくない。
なのに現実は真逆だった。
静かすぎる。
魔物どころか、生き物の気配そのものが存在しない。
その異様さに気付いた途端、この静寂が急に不気味なものへと思えてきた。
「変といえば、もう一つある」
再びソンジさんが口を開く。
「騎士団は、どうしてこの場所を隠したんだ?」
「ッ!? たしかに」
その一言で、自分の思考も一気に繋がった。
魔物がいない場所なら、本来は調査を進める絶好の機会だったはずだ。
危険な縦穴があるのなら、地図へ記載し、注意書きを添えておけば済む話である。
それなのに騎士団は調査記録を残さず、地図にも載せず、この空洞そのものを隠していた。
まるで――誰にも知られたくない場所であるかのように。
「……」
嫌な予感しかしない。
そう感じているのは、自分だけではなかった。
偶然とはいえ、自分達は踏み込んではならない秘密へ足を踏み入れてしまったのではないか。
そんな考えが脳裏をよぎる。
だが、騎士団がここまで徹底して隠した理由が分からない。
何を隠している?
財宝か。
貴重な魔道具か。
あるいは、誰にも知られてはならない死体か。
頭の中で次々と可能性を並べてみるが、どれも決め手に欠ける。
いや、待て。
そもそも隠されているのは、後ろ暗い"物"とは限らない。
もしここにあるのが――誰にも近付かせてはならないほど危険な"何か"だったとしたら。
封印し、存在そのものを秘匿しなければならないほどの"何か"が眠っているのだとしたら。
「……うん。あり得るかもしれない」