「じゃ、じゃあ、この場所に居座ってるのってマズくないっすか!?」
ソンジさんの話を聞いたギリスケが、顔を青ざめさせながら声を上げる。
その言葉は、誰もが心のどこかで思っていたことだった。
真相がどうであれ、この空洞が普通の場所ではないことだけは確かだ。
騎士団が存在そのものを隠し、魔物すら近寄らない異様な空間。
そんな場所に、いつまでも留まっていていいはずがない。
ズン ズン ズン
鈍く、重い音が地の底から響く。
まるで巨大な何かが歩いているかのような、不気味な衝撃音。
だが、その場の誰もまだ気に留めてはいなかった。
「そうだね。面倒なことになる前に引き揚げよう。ミオ君、準備はいいかい?」
「はい。私はいつでも。フィーちゃん、急いで!」
『う、うん!』
場の空気が一変する。
先ほどまで推理を巡らせていた全員が、一斉に脱出の準備へ意識を切り替えた。
ソンジさんの指示に従い、ミオが風魔法の詠唱に備える。
少し離れた場所にいたフィーも、慌ててこちらへ駆け寄ってきた。
ズン ズン ズン ズン
「皆、準備はいい?」
「ああ」
『オッケー』
「もち」
「うむ」
「……」
皆が次々と返事を返す。
だが、自分だけは返事をしなかった。
耳を澄ませ、じっと闇の奥へ意識を向ける。
ズン ズン ズン ズン ズン
「? サダメ? どうしたの?」
ミオが心配そうにこちらを覗き込む。
声は聞こえていた。
話の内容も理解している。
それでも返事を返せなかった。
胸の奥で、嫌な予感が膨らみ続けていたからだ。
何か聞こえる。
ずっと、下の方から。
一定の間隔で。
重く、鈍く。
何かが近付いてくる。
そんな音が。
ズン ズン ズン ズン ズン ズン
「まだ何か気になることでもあるのかい?」
怪訝そうな表情を浮かべながらソンジさんが尋ねる。
気のせいなら、それでいい。
ただの聞き間違いなら笑い話で済む。
だが、この胸騒ぎだけはどうしても拭えなかった。
「なんか……さっきから変な音が聞こえません?」
「変な音?」
「耳を澄ませてみてください」
皆は互いに顔を見合わせる。
そして口を閉ざし、静かに耳を澄ませた。
ズン ズン ズン ズン ズン ズン ズン
「ッ!? 本当だ!」
『ズンズンって、下から聞こえてくる気がする!』
「これは……何の音でござる?」
「分からない。何かを壊している音……か?」
「つーか、なんかだんだん速くなってきてねーか!?」
どうやら空耳ではなかったらしい。
皆にもはっきり聞こえている。
地の底から響いてくる重い衝撃音。
岩を砕き、地面を踏み締めながら、巨大な何かがこちらへ向かっているような音だった。
ズン ズン ズン ズン ズン ズン ズン ズン
音の間隔が縮まる。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと。
しかし確実に。
こちらへ近付いてきている。
しかも、それだけではない。
ドン、と足裏に微かな震動が伝わった。
続いてもう一度。
そして、また一度。
空気が震え、足元の小石がカタカタと跳ねる。
音だけではない。
地面そのものが揺れ始めていた。
もはや耳を澄ます必要はない。
誰もが、その異変を肌で感じ始めていた。
嫌な汗が背中を伝う。
息を呑む音すら、この静寂では大きく聞こえる。
誰一人として言葉を発しない。
いや、発することができなかった。
ただ全員が、闇の奥を見つめていた。
ズン ズン ズン ズン ズン ズン ズン ズン ズン ズン
音はもう、すぐそこまで迫っていた。
その瞬間――
空洞全体を震わせるような、耳をつんざく遠吠えが闇の底から轟いた。
獣とも竜ともつかない咆哮。
それは生き物の叫びというより、この地下世界そのものが悲鳴を上げたかのような、おぞましい咆哮だった。
その場にいた全員の身体が、本能のまま硬直した。