これは、一つの昔話である。
なお、この物語は古くから語り継がれてきた伝承の一部を抜粋したものだという。
遥か北方に、一年を通して雪が降り積もる極寒の国があった。
海へ足を浸ければ、ものの数秒で命を落とすほどの寒冷な大地。
それでもその国は、美味なる海の幸、そこにしか生息しない獣が生み出す高級毛皮、希少な鉱石など数多くの恵みに満ちていた。
さらに世界のおよそ五分の一を占めるほど広大な土地を有していたこともあり、幾つもの民族が力を合わせ、厳しい自然の中で暮らしていたという。
だが、そんな平穏はある日突然終わりを告げる。
雪山より、一羽の巨大な怪鳥が姿を現したのである。
銀色に輝く巨大な翼。
全身を覆う白銀の鱗。
鋭く並ぶ牙。
猛禽とも獣ともつかぬ凶悪な顔つき。
鳥と呼ぶにはあまりにも異形。
人知を超えた存在だったという。
怪鳥は悠然と空へ舞い上がると、大きく息を吸い込んだ。
そして吐き出されたのは、真っ白な極寒の吐息。
その一息だけで、大地は凍り付いた。
人も。
獣も。
森も。
海でさえも。
命あるもの全てが、一瞬にして氷像へ変わったという。
怪鳥は何一つ奪わなかった。
餌を求めるでもなく、縄張りを広げるでもなく。
ただ命を凍らせるためだけに飛び続け、次なる土地へ向かった。
その姿は、まるで死を運ぶ神そのもの。
人々は畏れ、その存在を災厄の化身として語り継いだ。
――しかし。
その恐ろしい怪鳥は、羽ばたく姿だけは何物にも代え難いほど美しかったとも伝えられている。
やがて怪鳥は、新たな大地へ降り立つ。
そこは豊かな森と生命に満ち、濃密な魔力が大気を満たす土地だった。
怪鳥はその地を気に入り、自らの住処にしようと考えた。
雪国でそうしたように。
全てを凍らせ、自分だけの世界へ変えるために。
白い吐息が吐き出される。
草木が凍る。
大地が凍る。
命あるもの全てが白銀へ閉ざされていく。
誰もが、この地もまた滅びるものと思った。
しかし、その時だった。
怪鳥の前へ、一団の戦士達が立ちはだかった。
彼らは己が魔力を自在に操り、怪鳥へ果敢に挑みかかる。
それまで一方的に命を奪い続けてきた怪鳥は、生まれて初めて激しい抵抗を受けた。
それでも、その鱗は鋼鉄以上に堅く。
どれほど魔法を浴びようと、一枚たりとも傷付くことはなかった。
勝利を確信した怪鳥は、大きく息を吸い込む。
今度こそ全てを凍らせ、戦いを終わらせるために。
だが、その瞬間。
一人の男が怪鳥の眼前へ躍り出た。
男は巨大な炎の球を生み出すと、怪鳥が大きく開いた口へ迷いなく撃ち込む。
轟音。
そして絶叫。
怪鳥は喉と口内を激しく焼かれ、初めて致命的な傷を負った。
その隙を逃すまいと、他の戦士達も一斉に攻撃を浴びせる。
さしもの怪鳥も耐え切れず、深手を負ったまま巨大な洞穴へ逃げ込んだ。
傷付いた身体では満足に飛ぶこともできない。
意識は朦朧とし、力尽きるように暗闇の奥へ落ちていく。
深く。
さらに深く。
果ての見えぬ奈落の底へ。
それでも戦士達は追撃の手を緩めなかったという。
やがて怪鳥は最下層へ辿り着く。
もはや逃げ場はない。
そこで怪鳥は最後の力を振り絞った。
自らの命と引き換えに、この洞穴そのものを永遠の氷へ閉ざそうとしたのである。
極寒の力は際限なく広がっていく。
洞穴全体が白銀へ染まり始める様子を見て、戦士達は退却を余儀なくされた。
怪鳥と運命を共にすることだけは避けたのであろう。
こうして怪鳥は誰一人道連れにすることなく、ただ独り、深淵の底で凍り付いた。
凍結は幾百、幾千もの層を飲み込み、何百キロメートルもの地下深くまで達したところで静かに止まったという。
それは怪鳥自身が完全に氷へ閉ざされ、その命が尽きた証だったのかもしれない。
そして怪鳥は、誰にも知られることなく永遠の眠りについた。
――長い、長い時を経るまで。