「な、なあ? これってひょっとして……かなりヤバい状況なんじゃあ……」
――――――――――ッ!!
「ひいっ!?」
硬直した空気を切り裂くように、銀色の翼龍が咆哮を放つ。
空洞全体を震わせるほどの轟音に、ギリスケは情けない悲鳴を上げてその場に尻もちをついた。
耳をつんざくような咆哮。
胸の奥まで揺さぶられる重低音。
鼓膜だけではない。
本能そのものへ直接叩き込まれるような威圧感だった。
「……ッ!」
その咆哮で、自分もようやく我に返る。
そうだ。
見惚れている場合じゃない。
相手は伝説の生物だろうが何だろうが関係ない。
目の前にいるのは、間違いなく敵意を持った魔物。
さっきの一撃だけでも十分だ。
あれは明らかに、自分達を殺すための攻撃だった。
ならば選択肢は二つ。
逃げるか。
戦うか。
どちらにせよ、一刻も早く動かなければならない。
「ミオ! もう一度、皆を上まで飛ばせるか?」
まずは逃走手段を確認する。
ここから脱出するには、彼女の風魔法が必要不可欠だ。
それが使えないなら、この場で戦うしかない。
「う、うん……できなくはない……と思う。でも……」
ミオは小さく頷いたあと、不安そうに頭上を見上げる。
つられて自分も見上げた。
「ッ!?」
そこには、光の柱が貫いた傷跡が生々しく残っていた。
砕けた天井からは、今なお大小さまざまな岩石が次々と落下している。
崩落はまだ終わっていない。
むしろ、今にも空洞そのものが崩れてしまいそうだった。
この状況で上昇するのは危険すぎる。
途中で巨大な岩が落ちてきたら、それだけで全滅しかねない。
マヒロなら斬り払えるだろう。
だが、無数に降り注ぐ岩を全て防ぎ切れる保証はない。
それに、あの龍がもう一度さっきの攻撃を放ってきたら――。
終わりだ。
逃走は現実的ではない。
「……仕方ない」
覚悟を決める。
「皆、戦闘準備だ!」
「ッ!? サダメ君、まさか……」
ソンジさんが目を見開く。
「逃げられない以上、やるしかないでしょ!? マヒロ、いけるか?」
「うむ。問題ござらん」
迷いのない返事。
マヒロは待っていたと言わんばかりに魔妖を構える。
その瞳には恐怖よりも闘志が宿っていた。
「ま、マジかよ……」
ギリスケが青ざめた顔で呟く。
無理もない。
相手は昔話の中だけに存在すると思われていた伝説の龍だ。
普通なら戦おうなどとは考えない。
だが、他に道はない。
自分とマヒロが前衛。
マヒロは水龍を駆使して機動力を確保し、自分は《脱兎跳躍《ラジャスト》》と遠距離魔法で援護する。
隙が生まれた瞬間、一気に接近戦へ持ち込む。
ミオは魔力を温存。
ソンジさんは魔道具による支援。
フィーには強化魔法を担当してもらう。
それしか勝機は思い浮かばなかった。
「フィー。悪いけど、まずは俺とマヒロに強化魔法を――」
指示を出しかけた、その時だった。
返事がない。
不思議に思って振り向く。
フィーは震えていた。
肩を小刻みに揺らし、両手で自分の身体を抱き締めるように縮こまっている。
顔は真っ青。
唇も震えていた。
目には大粒の涙が浮かび、今にもこぼれ落ちそうになっている。
これまでどんな相手を前にしても、最後まで皆を支え続けてくれたフィー。
その彼女が――。
か細い声で、絞り出すように呟いた。
『……無理だよ。こんなの』