「ッ!? フィー……ちゃん?」
予想もしなかった言葉に、その場の全員が息を呑む。
視線を向けると、フィーは腰から崩れ落ち、その場へへたり込んでいた。
顔は青ざめ、身体は小刻みに震えている。
瞳からは涙があふれ、恐怖に支配された表情のまま目の前の白銀の龍を見つめていた。
その足元には、小さな水たまりが広がっている。
極度の恐怖で身体から力が抜けてしまったのだろう。
本人は、そのことにすら気付いていない。
それほどまでに、この伝説の龍という存在は圧倒的だった。
『相手は……国を滅ぼした伝説の龍なんだよ?』
震える声が空洞へ響く。
『私達だけで、どうにかできる相手じゃないよ……』
言葉を重ねるたび、涙が止まらなくなる。
『このままじゃ……絶対に氷漬けにされて殺されちゃうよ……』
フィーは両手で顔を覆い、そのまま地面へうずくまった。
『うぅ……もう終わりだよぉ……!』
「……フィーちゃん」
ミオが心配そうに名を呼ぶ。
だが、掛ける言葉が見つからない。
誰も動けなかった。
泣き崩れるフィーを見つめることしかできない。
さっきまで「戦うしかない」と覚悟を決めていた空気は、一瞬で崩れ去っていた。
絶望は伝染する。
一人の心が折れれば、その場にいる全員の心まで揺らいでしまう。
皆の視線が自然と下を向いていく。
重苦しい沈黙だけが空洞を支配していた。
「……」
その光景を見た瞬間、自分は思い出した。
あの日の、自分を。
あの時、自分も絶望に呑まれ、弱音を吐いた。
その結果、皆の士気は大きく下がった。
そして――ラエルは怒った。
あの時は理不尽だと思った。
どうしてあんな状況で怒鳴られなければならないのか。
そう思っていた。
でも、今なら分かる。
絶望の中で弱音を口にすれば、その言葉は周囲にも広がっていく。
一人の諦めが、皆の諦めになる。
だからラエルは怒ったのだ。
仲間の心を折らせないために。
皆を生かすために。
「……」
胸が痛む。
あの時の自分は、どれだけ皆に迷惑を掛けてしまったのだろう。
今さらながら、自分の未熟さを思い知らされる。
だが、後悔している暇はない。
今、この空気を変えられる人間がいるとしたら――。
それは自分しかいない。
誰かが立ち上がらなければ、このまま全員の心が折れてしまう。
だからこそ。
今度は自分が支える番だ。
とはいえ、どう声を掛ければいい。
ラエルのように怒鳴りつけるのは違う。
今のフィーは限界だ。
そんなことをすれば、追い詰めるだけになってしまう。
かといって、根拠のない励ましも意味はない。
「大丈夫」
「何とかなる」
そんな言葉だけでは、彼女は立ち上がれないだろう。
余計な慰めではなく。
現実だけを突き付けるでもなく。
フィーがもう一度前を向ける言葉を。
今の彼女に、本当に必要な一言を。
振り絞れ。
サダメ・レールステン。
「……ッ!」
その時だった。
脳裏に、一つの光景が浮かぶ。
あの日。
自分達も、どうしようもない絶望の中にいた。
勝てるはずがないと思った。
全滅してもおかしくない状況だった。
それでも。
皆で力を合わせたから乗り越えられた。
もちろん、その先で待っていた結末までは予想できなかった。
だが、一つだけ確かなことがある。
あの時とは違う。
今の自分達には、あの経験がある。
だから――。
「……フィーちゃん。あのね……」
「フィー」
「ッ!? サダメ?」
ミオが声を掛けようとした、その瞬間。
自分は一歩前へ踏み出し、そっとフィーの右肩へ手を置いた。
驚いたようにミオがこちらを見る。
――ごめん、ミオ。
ここは、自分に任せてほしい。
あの日、皆に支えられた自分だからこそ。
今度は、自分が仲間を支える番だ。
そう心に誓い、自分は静かに口を開いた。