転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー56

 「ッ!? フィー……ちゃん?」

 

 予想もしなかった言葉に、その場の全員が息を呑む。

 

 視線を向けると、フィーは腰から崩れ落ち、その場へへたり込んでいた。

 

 顔は青ざめ、身体は小刻みに震えている。

 

 瞳からは涙があふれ、恐怖に支配された表情のまま目の前の白銀の龍を見つめていた。

 

 その足元には、小さな水たまりが広がっている。

 

 極度の恐怖で身体から力が抜けてしまったのだろう。

 

 本人は、そのことにすら気付いていない。

 

 それほどまでに、この伝説の龍という存在は圧倒的だった。

 

 『相手は……国を滅ぼした伝説の龍なんだよ?』

 

 震える声が空洞へ響く。

 

 『私達だけで、どうにかできる相手じゃないよ……』

 

 言葉を重ねるたび、涙が止まらなくなる。

 

 『このままじゃ……絶対に氷漬けにされて殺されちゃうよ……』

 

 フィーは両手で顔を覆い、そのまま地面へうずくまった。

 

 『うぅ……もう終わりだよぉ……!』

 

 「……フィーちゃん」

 

 ミオが心配そうに名を呼ぶ。

 

 だが、掛ける言葉が見つからない。

 

 誰も動けなかった。

 

 泣き崩れるフィーを見つめることしかできない。

 

 さっきまで「戦うしかない」と覚悟を決めていた空気は、一瞬で崩れ去っていた。

 

 絶望は伝染する。

 

 一人の心が折れれば、その場にいる全員の心まで揺らいでしまう。

 

 皆の視線が自然と下を向いていく。

 

 重苦しい沈黙だけが空洞を支配していた。

 

 「……」

 

 その光景を見た瞬間、自分は思い出した。

 

 あの日の、自分を。

 

 あの時、自分も絶望に呑まれ、弱音を吐いた。

 

 その結果、皆の士気は大きく下がった。

 

 そして――ラエルは怒った。

 

 あの時は理不尽だと思った。

 

 どうしてあんな状況で怒鳴られなければならないのか。

 

 そう思っていた。

 

 でも、今なら分かる。

 

 絶望の中で弱音を口にすれば、その言葉は周囲にも広がっていく。

 

 一人の諦めが、皆の諦めになる。

 

 だからラエルは怒ったのだ。

 

 仲間の心を折らせないために。

 

 皆を生かすために。

 

 「……」

 

 胸が痛む。

 

 あの時の自分は、どれだけ皆に迷惑を掛けてしまったのだろう。

 

 今さらながら、自分の未熟さを思い知らされる。

 

 だが、後悔している暇はない。

 

 今、この空気を変えられる人間がいるとしたら――。

 

 それは自分しかいない。

 

 誰かが立ち上がらなければ、このまま全員の心が折れてしまう。

 

 だからこそ。

 

 今度は自分が支える番だ。

 

 とはいえ、どう声を掛ければいい。

 

 ラエルのように怒鳴りつけるのは違う。

 

 今のフィーは限界だ。

 

 そんなことをすれば、追い詰めるだけになってしまう。

 

 かといって、根拠のない励ましも意味はない。

 

 「大丈夫」

 

 「何とかなる」

 

 そんな言葉だけでは、彼女は立ち上がれないだろう。

 

 余計な慰めではなく。

 

 現実だけを突き付けるでもなく。

 

 フィーがもう一度前を向ける言葉を。

 

 今の彼女に、本当に必要な一言を。

 

 振り絞れ。

 

 サダメ・レールステン。

 

 「……ッ!」

 

 その時だった。

 

 脳裏に、一つの光景が浮かぶ。

 

 あの日。

 

 自分達も、どうしようもない絶望の中にいた。

 

 勝てるはずがないと思った。

 

 全滅してもおかしくない状況だった。

 

 それでも。

 

 皆で力を合わせたから乗り越えられた。

 

 もちろん、その先で待っていた結末までは予想できなかった。

 

 だが、一つだけ確かなことがある。

 

 あの時とは違う。

 

 今の自分達には、あの経験がある。

 

 だから――。

 

 「……フィーちゃん。あのね……」

 

 「フィー」

 

 「ッ!? サダメ?」

 

 ミオが声を掛けようとした、その瞬間。

 

 自分は一歩前へ踏み出し、そっとフィーの右肩へ手を置いた。

 

 驚いたようにミオがこちらを見る。

 

 ――ごめん、ミオ。

 

 ここは、自分に任せてほしい。

 

 あの日、皆に支えられた自分だからこそ。

 

 今度は、自分が仲間を支える番だ。

 

 そう心に誓い、自分は静かに口を開いた。

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