転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー57

 『……サダ、メ?』

 

 自分が声を掛けると、フィーはゆっくりと顔を上げた。

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔。頬を伝う涙だけでなく、鼻水や涎の跡まで残っている。その姿を見れば、彼女がどれほどの恐怖に襲われていたのかは一目瞭然だった。

 

 「いいか? 俺達は絶対に死なない。いや――死なないために戦うんだ。

 

 相手が伝説の龍だろうと、倒せないわけじゃない。現に絵本では勇者達があいつをあと一歩まで追い詰めた。つまり、対抗する術は確かにある。そう思わないか?」

 

 『……』

 

 フィーは何も答えない。

 

 それでも自分は言葉を続けた。

 

 慰めでも、気休めでもない。ましてや、その場しのぎの嘘でもない。

 

 今の彼女に必要なのは、恐怖を忘れさせる甘い言葉ではなく、「まだ希望は残っている」と信じられるだけの現実だった。

 

 実際、伝説の龍が実在した以上、あの昔話もただの作り話ではない。

 

 勇者達は確かに奴へ辿り着き、あと一歩まで追い詰めた。

 

 だったら――勝てない相手じゃない。

 

 『……でも、私達は勇者なんかじゃない』

 

 ようやく返ってきた言葉は、弱々しく震えていた。

 

 フィーはゆっくりと首を横へ振る。

 

 確かに、自分達は勇者ではない。

 

 彼らと比べれば、まだまだ未熟だ。

 

 「……ああ。俺達は勇者じゃない。あの人達に比べたら、大したことないのかもしれない。

 

 でもさ――俺は皆のことを、本当にすげぇ奴らだと思ってる。もちろん、フィーのこともだ」

 

 『ッ!?』

 

 フィーが目を見開く。

 

 それは決して気休めではない。

 

 マヒロの剣は誰よりも頼もしい。

 

 ミオの魔法には何度も助けられた。

 

 ソンジさんは皆を支え続け、ギリスケだって何だかんだで力になってくれている。

 

 そしてフィーも同じだ。

 

 彼女の魔法や支援があったからこそ切り抜けられた場面は、一度や二度ではない。

 

 誰一人欠けても、今の自分達はいなかった。

 

 「たとえ俺達が勇者にも満たない未熟者だったとしても、全員で力を合わせれば、どんな困難だって乗り越えられる気がするんだ。

 

 だからフィー。俺達と一緒に――いや、俺達を、お前の力で助けてくれないか?」

 

 『……私が、皆を?』

 

 「ああ。

 

 もし手助けが欲しいなら、俺達が力を貸す。

 

 皆で協力して、この迷宮から脱出しよう。

 

 だから頼む。力を貸してくれ。

 

 今日を生き抜いて、明日また皆で笑い合えるように」

 

 「ッ!? サダメ……」

 

 言葉を重ねるたび、自分でも分かるほど熱がこもっていく。

 

 穏やかに語り掛けるつもりだったのに、胸の奥から込み上げる想いは抑えきれなかった。

 

 その勢いのまま、自分はフィーの前へ跪き、深く頭を下げる。

 

 それが、自分にできる最大限の誠意だった。

 

 今まで口にした言葉は、すべて本心だ。

 

 これまで幾度となく絶体絶命の危機に陥ってきた。

 

 それでも、皆で支え合い、助け合ってきたからこそ、今こうして生きている。

 

 今回だって同じだ。

 

 一人では無理でも、皆で力を合わせれば必ず道は開ける。

 

 だからこそ、フィーの力が必要だった。

 

 最後の言葉は、誰かから教わった受け売りではある。

 

 それでも今は、その言葉以上に自分の想いを伝えられる言葉は見つからなかった。

 

 『……』

 

 頭を下げたまま、返事を待つ。

 

 本当は顔を上げて彼女の表情を見たい。

 

 それでも動かなかった。

 

 今ここで頭を上げてしまえば、自分の覚悟まで揺らいでしまう気がしたからだ。

 

 ただ黙って、彼女の答えを待ち続ける。

 

               『……ごめん』

 

 長い沈黙の末。

 

 ようやくフィーの口から紡がれたのは――希望でも決意でもなく、か細い謝罪の言葉だった。

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