「ここを入って、すぐそこだ」
しばらく魔道馬を真っ直ぐ走らせたあと、ラエルは途中で脇道へと手綱を切った。さらに少し進んだ先に現れたのは、人が三、四人ほど入れそうな小さな木造の小屋だった。森の奥にひっそりと佇むその姿は、まるで最初からここにあることを知っている者だけが辿り着ける秘密基地のようだ。
どうやら、ここが目的の休憩地点らしい。
小屋の中には簡素な水飲み場が設けられ、床下には食料などを保管できる収納スペースまで備わっていた。
正直、俺は「ちょっと広めの川辺」くらいのものを想像していたので、この設備の整い具合には驚かされた。
ただし、しばらく人の手が入っていなかったのだろう。壁の隅には苔が張り付き、床板の一部にはカビのような黒ずみが見える。
村があの惨状になって以来、ここを利用する者はいなかったのだろうと思うと、胸の奥がわずかに冷えた。
「ここは魔物除けのタリスターの花が自生してる。だから野良の魔物は近づかねぇ。安心して休めるだろ?」
「へぇ……そんな場所があったなんてな」
確かに、この周囲には不思議なくらい魔物の気配がない。
夜の方が魔物は活発になると聞いたことがあるが、それでもこの静けさは異様なほどだ。ラエルの説明を聞いて、ようやく納得がいった。
タリスターの花は、人間にとってはほのかに甘い香りのする白い花だが、野生の魔物にとっては鼻を刺すほどの強烈な臭気になるらしい。その性質を利用して、村の女性たちの間ではタリスターを使った香水が流行していたとも聞いた。
もっとも、
「よし。水は問題なさそうだな。あとは食料だ」
ラエルは魔道馬を近くの木に繋ぎ終えると、水飲み場の水を一口だけ含んで確かめる。すぐに頷いたところを見るに、水質は安全らしい。
だが、本当の問題は食料の方だ。
水は腐りにくいが、食べ物には期限というものがある。
一年以上、誰も訪れていないであろう小屋に残された保存食が、本当に安全かどうかは分からない。
「床下に保存食を大量に詰めてあるはずだ。……確認してみるか」
ラエルが床板を開け、収納スペースを覗き込む。
俺も隣から恐る恐る中を確認した。
中にはジャーキー、ビスケット、ドライフルーツといった長期保存向きの食料がぎっしり詰まっていた。
「うーん……見た目はカビてないな……」
「匂いも……いや、ちょっと怪しいか? なんの臭いかよく分かんねぇな」
俺とラエルはそれぞれ保存食を手に取り、見た目と匂いで必死に安全性を見極めようとする。
だが、正直なところ――素人判断にもほどがあった。
ドライフルーツは明らかに怪しい酸味臭がする。
一方で、ビスケットは少し湿気て柔らかくなっている程度で、見た目も匂いもそこまで異常がない。
ジャーキーも、色合いに大きな変化は見られない。
「「……」」
確証が持てないまま、俺とラエルは同時に黙り込んだ。
――ここで適当に食って、食中毒になったら終わりだ。
かといって、何も食わずに長距離移動を続けるのも無理がある。
そんな最悪な想像をしていた、そのときだった。
ぎゅるるるるる……
腹の虫が、情けない音を立てて鳴った。
しかも、俺とラエル、ほぼ同時である。
「……腹当たっても、ミオがなんとかしてくれる……よな?」
「……ああ。多分な」
自分でも苦しい言い訳だと思いながら、俺はビスケットとジャーキーを手に取った。
ラエルも同じものを持ち、無言で頷く。
こうして俺たちは、わずかな希望と不安を抱えたまま、ミオの待つ小屋の中へと戻るのだった。