「……は?」
ソンジさんの一言に、その場の全員が固まった。
今、この人――。
『どんなお願いでも』って言ったよな?
一瞬、耳を疑った。
「ちょ、ちょちょちょっ!?」
我に返るなり、俺は慌ててソンジさんへ駆け寄る。
さすがに今の発言は聞き流せない。
「ソンジさん……今の意味、ちゃんと分かって言ってます?」
ギリスケに聞こえないよう声を潜め、耳元で問いかける。
『何でも言うことを聞く』程度なら勢いで済む。
だが、『どんなお願いでも』となれば話は別だ。
その言葉には、どうしたって妙な含みが生まれてしまう。
「ああ、もちろん分かってるよ」
ソンジさんはあっさり頷いた。
「彼に本気を出してもらうには、それくらいの餌が必要だからね」
「なっ……!?」
理解した上で言っているのか。
俺は思わず言葉を失った。
ギリスケを動かすためとはいえ、そこまで腹を括る必要があるのか。
「本当にいいんですか? あいつですよ? 絶対エロいこと要求しますよ? むしろ、その権利を手に入れるために全力を出すと思いますけど」
念のため、はっきりと言葉にする。
遠回しに言っても意味はない。
ギリスケの性格を考えれば、答えは見えている。
恐る恐る本人へ目を向けると――。
案の定だった。
ギリスケは目を爛々と輝かせ、ソンジさんを食い入るように見つめている。
……あいつ。
絶対ろくでもないこと考えてる。
さっきまで「無理!」と叫んでいた男とは思えないほど、生気に満ちた顔だった。
だからこそ俺は、この発言を撤回してほしかった。
このままでは、本当にソンジさんの身が危ない。
「……うん。覚悟はできてるさ」
一瞬だけ真面目な表情を見せたソンジさんだったが――。
次の瞬間には、いつもの調子に戻っていた。
「けどぉ~? その前にぃ~? キミがワタシの初めてをもらってくれると、ウレシーんだけどなぁ~?」
甘ったるい声。
とろんとした上目遣い。
完全に人をからかう時のソンジさんだった。
「いや、ふざけてる場合じゃないでしょ。それに、それじゃ結局あんまり変わらないですから」
「……さらっと酷いこと言うよね、君って」
頬を膨らませるソンジさん。
どうやら本人は、この状況でも危機感より悪ふざけが勝っているらしい。
なんだろう。
真面目に心配している自分が、急に馬鹿らしく思えてきた。
俺が相手だろうとギリスケが相手だろうと、「初めて」を差し出すという意味では何も変わらない。
そこを軽口で済ませられる神経は、ある意味大したものだった。
ソンジさんは小さく笑うと、表情を引き締める。
「まっ、なるようになるさ」
その一言には、不思議と迷いがなかった。
「今は彼の力がどうしても必要なんだ。私一人の代償で、みんなが助かるなら安いものだよ」
「……」
軽口の奥にある本音が、その言葉で伝わってきた。
彼女は最初から覚悟を決めている。
自分がどうなろうと、この場の全員を生かすためなら構わない。
だからこそ、冗談を交えながらでも、この提案を撤回するつもりはないのだろう。
結局、作戦はそのまま決まった。
ギリスケが協力する条件は――ソンジさんが『どんなお願いでも一つだけ聞く』こと。
……本当に、大丈夫なんだろうか。