「ギリスケくーん! 準備はできたかーい?」
「オッケーっす!!」
数分後。
反対側から元気な返事が返ってくる。
ギリスケの準備が整ったことを確認すると、ソンジさんは静かにこちらへ目配せした。
――作戦開始。
その合図だった。
「マヒロ」
「うむ」
俺が名を呼ぶより早く、マヒロはすでに動いていた。
右手には、ソンジさんから託された結界魔道具。
狙いを定めると、一切の迷いなく腕を振り抜く。
「はあっ!!」
魔道具は一直線に空を裂いた。
その軌道はまるで熟練の投手が放つ剛速球。
寸分の狂いもなく銀鏡の翼龍へ迫り――。
カンッ!!
額へ正確に命中した。
「よし! 今だ!」
ソンジさんの声が飛ぶ。
次の瞬間、魔道具が眩く輝いた。
透明な膜が一気に広がり、一秒も経たないうちに巨大な球状の結界を形成する。
銀鏡の翼龍の巨体は、そのまま丸ごと閉じ込められた。
――――――――――!?
突然の出来事に翼龍は明らかに狼狽していた。
暴れようにも、身体にぴたりと沿う狭い空間では思うように翼を広げられない。
巨体をねじり、首を振り、苦しげな咆哮を上げながら力任せに脱出を試みる。
だが、弾力を持った結界は容易には砕けない。
そのまま巨大な球体は重力に引かれ、ゆっくりと高度を落とし始めた。
順調だ。
作戦は、予定通り進んでいる。
スゥゥゥゥゥ……
「……ッ!?」
だが、その安堵は長く続かなかった。
落下を始めて三秒ほど。
透明だった結界の内側が、一瞬で白く染まった。
まるで濃霧が一気に充満したかのように、翼龍の姿が見えなくなる。
――まさか。
結界の中を、凍らせたのか!?
――――――――――!!!!!
バキッ!!
嫌な音が響いた。
白く染まった球体の表面に、一本の亀裂が走る。
その一本を皮切りに、無数のひび割れが蜘蛛の巣のように広がり――。
パリンッ!!
結界は粉々に砕け散った。
「くっ……!」
力任せでは破れない。
だから内部ごと凍結させ、弾力を失わせて砕いたのか。
まさか、こんな突破方法を選ぶとは。
ただ暴れるだけの魔物ではない。
状況を瞬時に判断し、最適解を導き出すだけの知性を持っている。
さすがは伝説と語り継がれる存在。
生半可な相手ではなかった。
――――――
結界を破った銀鏡の翼龍は、その巨大な翼を広げる。
氷片を撒き散らしながら低く唸り、その黄金色の瞳が真っ直ぐこちらを射抜いた。
先ほどまでの余裕は消えている。
今の一撃で、自分たちを完全な敵と認識したのだろう。
その眼差しには、隠そうともしない怒りが宿っていた。
「ソンジさん!」
それでも、収穫はあった。
三秒。
たったそれだけの時間だったが、翼龍はおよそ三十メートルほど高度を落としている。
まだフィーの拘束魔法が届く距離ではない。
だが、確実に地上へ近づいた。
この好機を逃すわけにはいかない。
俺はすぐさまソンジさんへ視線を送り、次の作戦へ移る合図を飛ばした。