「ああ。分かってる。ミオ君!」
「はい!!」
俺の合図を受けたソンジさんが、今度はミオへ視線を送る。
ミオは静かに息を整え、両手を胸の前で構えた。
まだ顔色は万全とは言えない。
それでも、その瞳には迷いがなかった。
――頼んだ、ミオ。
「はああああっ!!!」
気合いとともに両手を振る。
次の瞬間、二本のロープへ風が絡みついた。
まるで見えない指先が触れているかのように、ロープはふわりと宙へ浮かび上がる。
一本だけでも繊細な操作が必要だ。
それを二本同時に制御するなど、並大抵の集中力では到底できない。
しかも、狙う相手は空を舞う伝説の龍。
体調を崩した今のミオには、あまりにも酷な役目だった。
それでも俺たちは信じるしかない。
ミオならできる、と。
「……」
静かに。
慎重に。
二本のロープは風に導かれながら高度を上げていく。
狙うのは翼でも首でもない。
足元。
鱗のわずかな隙間だ。
「ふっ!」
ミオの指先が小さく動く。
その瞬間だった。
―――!?
二つの輪が吸い込まれるように龍の足元へ滑り込み、鱗へ絡みつく。
さらに逆風を巧みに操り、ほどけないよう一気に締め上げる。
見事だった。
乱気流の中でこれほど繊細な制御をやってのけるとは。
まるで風そのものが彼女の手足になったかのようだ。
体調が万全でないことなど、一瞬忘れてしまうほどの技量だった。
――――――!!!
だが、成功したのも束の間。
足に異物が絡みついたことに気付いた銀鏡の翼龍が激しく暴れ始める。
巨大な翼が空気を裂き、吹き荒れる風圧が氷の大地を揺らした。
まずい。
今ここで振りほどかれたら、ここまで積み重ねた作戦がすべて水の泡になる。
「ギリスケ君!!」
「あいよ!!」
ソンジさんの声が飛ぶ。
ギリスケは待ってましたと言わんばかりに【
ガガガガガガガッ!!
魔道具が唸りを上げる。
二本のロープは凄まじい勢いで巻き取られ、龍の身体を地上へ引きずり下ろし始めた。
巻き上げ速度は想像以上だった。
摩擦に耐え切れないのか、本体から火花が激しく飛び散る。
このままでは魔道具かロープのどちらかが先に悲鳴を上げそうだ。
――――――――――!!!!!
翼龍が全身の筋肉を震わせる。
次の瞬間。
ガクンッ!!
巻き取り機が止まった。
いや――止められた。
地上では魔道具が全力で巻き取ろうとする。
空では龍が全力で抗う。
互いの力が完全に拮抗し、綱引きの均衡が生まれてしまったのだ。
「さすがに龍族相手に使うとは思ってなかったからね!」
ソンジさんは苦笑しながらも、すぐロープを握り締める。
「ギリスケ君! ここからは人力で引くよ!」
「う、うっす!?」
突然の追加注文に戸惑いながらも、ギリスケは慌ててロープを掴む。
少し前まで「無理だ」と泣き言をこぼしていた男とは思えない。
約束の力なのか、それとも覚悟が決まったのか。
もう弱音は吐かなかった。
「ぐっ……! うぬぬぬぬぬっ!!!」
――――――――――!!!!!
ソンジさんとギリスケが全身の力を振り絞る。
対する銀鏡の翼龍も、咆哮を轟かせながら空へ舞い戻ろうと翼を打ち鳴らす。
地上と天空。
互いに一歩も譲らぬ力と力のぶつかり合い。
その壮絶な綱引きが、ついに幕を開けた。