「う゛っ!? ぐうぅぅぅぅ!?」
「……」
目の前では、二人の人間と一匹の龍による壮絶な綱引きが繰り広げられていた。
いや。
あれを本当に綱引きと呼んでいいのだろうか。
片や伝説の龍。
片や人間二人。
その力関係はあまりにも一方的だった。
ソンジさんとギリスケは、地面に足を踏ん張り、必死になってロープを引いている。
いちおう二人とも、万が一に備えて魔道具の手袋を装着していた。
だが、圧倒的な力を持つ相手との綱引きでは、それも気休め程度にしかならない。
ソンジさんの手袋はすでにボロボロ。
その隙間から覗く手は、血で真っ赤に染まっていた。
そんな状態で、彼女は今もなおロープを握り続けている。
どれほどの痛みなのか。
想像するだけで背筋が寒くなる。
「……ソンジさん。俺達も手を貸し――」
見ていられなかった。
俺は彼女の代わりにロープを握ろうと、一歩踏み出す。
だが――。
「だ、駄目だ」
「ッ!?」
食いしばった歯の隙間から、ソンジさんが声を絞り出した。
こちらを振り返る余裕すらない。
それでも彼女は、俺の提案を拒んだ。
「き、君達には……まだ役目がある」
「でも……!」
「君達の役目は……非常に重要なんだ……!」
ロープを握る手にさらに力を込める。
その瞬間、傷口から血が滴り落ちた。
「ここで……無駄に力を使っちゃ……駄目だ……!」
「で、でも!?」
頭では理解している。
ソンジさんの言っていることは正しい。
俺とマヒロには、銀鏡の翼龍を倒すという最後の役目がある。
だからこそ、今こうしてソンジさんたちが翼龍を引きずり下ろそうとしているのだ。
俺達が本来やるべきことは、この後に待っている。
分かっている。
分かっているはずなのに――。
目の前の光景を見ていると、どうしても動かずにはいられなかった。
ソンジさんの手は、もう限界に近い。
このままでは本当に手が使えなくなる。
いや、それ以前にロープの方が先に限界を迎えるかもしれない。
もし二人が力尽きれば。
ロープが切れれば。
巻き取り機が壊れれば。
せっかくここまで進めた作戦が、すべて水の泡になる。
「ぐっ……!? がっ……あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」
ソンジさんの口から、今にも死んでしまいそうな悲鳴が響き渡る。
「……!」
もう駄目だ。
このまま見ているだけなんてできない。
俺が代わらなければ。
そう思って足を踏み出した――その時。
「待たれよ、サダメ」
「ッ!? マヒロ?」
背後から掛けられた声に、俺は思わず振り返った。
そこにいたマヒロは、驚くほど冷静な表情を浮かべていた。
……意外だった。
マヒロなら、俺と同じように二人を助けようとすると思っていた。
むしろ、俺より先に動き出してもおかしくない。
それなのに。
今の彼女は、まるで何かを見極めているかのように落ち着いている。
「ソンジ殿の言う通り、拙者達には拙者達の役割がござる」
「……なっ!?」
思わず言葉を失った。
まさか、マヒロの口からそんな正論が飛び出してくるとは思わなかった。
「ここで無駄に力を消費すれば……やつにトドメを刺せぬやもしれぬ」
冷静で。
正しくて。
だからこそ、今の俺には辛い言葉だった。
まるで別人のように聞こえる。
「……けど」
それでも俺は納得できなかった。
「このままじゃ、ソンジさんもギリスケも持たない。そうなったら、あいつが――」
翼龍へ視線を向ける。
いまだに奴は微動だにしていない。
ソンジさんとギリスケが命懸けで引っ張っているというのに、まるで地面に根を張ったかのように、その巨体は空中に留まり続けている。
このままでは二人が先に限界を迎える。
だからこそ、俺が――。
「……」
だが、マヒロは何も言わなかった。
ただ静かに、人差し指を立てる。
まるで俺の言葉を制するように。
そして――。
「安心されよ」
その瞳が、真っ直ぐ俺を射抜いた。
「拙者達の役割は――『今』でござるよ」