「……え?」
しかし、マヒロの次の言葉を聞いた瞬間、俺は完全に固まった。
意味が理解できない。
いや、言葉そのものは分かる。
分かるのだが――。
その言葉が、この状況で何を意味しているのか。
それを理解するまでに、数秒の時間を要してしまった。
「拙者達の目的は、あやつの撃退でござる」
マヒロは静かに銀鏡の翼龍を見上げる。
「結界によってあやつを引きずり下ろし、今はソンジ殿達が縄を使って足止めしてくれておる」
そして、俺へ視線を戻した。
「ならば――攻めるなら、今が好機とは思わぬか?」
「ッ!?」
その瞬間。
頭の中で何かが弾けた。
「……そうか」
そういうことか。
マヒロはずっと、俺達が動くタイミングを見計らっていたのだ。
俺はソンジさんたちが苦しそうに綱を引いている姿ばかりに気を取られていた。
だから、彼女達を助けなければならない。
そう考えてしまっていた。
だが、マヒロは違った。
彼女は戦場全体を見ていた。
自分たちが何のためにここまで準備してきたのか。
今、何が起きているのか。
そして――。
この状況をどう利用するべきなのか。
俺なんかより、ずっと早く理解していた。
「……なるほどな」
確かにそうだ。
この作戦が上手くいくなんて、最初から思っていなかった。
そもそも、結界一つで伝説の龍を地面まで落とせるなどと考える方が無謀だったのだ。
失敗する可能性は十分にあった。
だからこそ、最初から次の手を用意していた。
なら――。
今の状況は、作戦が失敗したのではない。
次の作戦へ移るための段階に入っただけだ。
ソンジさんとギリスケが、必死になって翼龍の動きを抑えている。
だが、それも長くは続かない。
ロープがいつ切れるか分からない。
巻き取り機だって、いつ壊れてもおかしくない。
そもそも、これ以上あの巨体を引きずり下ろすこと自体が難しいだろう。
だったら――。
今度は俺とマヒロが、直接あいつを叩き落とす。
それしかない。
「けど……」
俺は再び翼龍を見上げた。
距離はおよそ七十メートル。
高い。
あまりにも高すぎる。
「マヒロの水龍なら、あそこまで届くかもしれない。でも……」
水龍の刃が届いたとしても、翼龍には傷一つつかない。
それは、さっきの攻撃で証明されている。
【赤鬼】も同様だ。
先ほど直撃させたにもかかわらず、たいしたダメージを与えられなかった。
ならば翼龍の背に乗り、直接攻撃を仕掛ける方法も考えられる。
だが、それも現実的ではない。
こちらが乗り込む前にロープを振りほどき、俺達を地面へ叩き落とそうとするだろう。
何より――。
俺達が攻撃する前に、あの巨体に振り落とされる可能性の方が高い。
「……一撃で決めるしかないか」
せめてフィーの拘束魔法が届く五十メートル以内まで落とせればいい。
そこまで持ち込めれば、拘束魔法で動きを封じ、その隙に俺達が追撃する。
それなら、まだ勝機はある。
だが――。
「そこも問題ござらんよ」
「……?」
思わずマヒロを見る。
彼女の表情には、迷いがなかった。
まるで既に答えを知っているような顔だ。
「そこもって……どうする気だ?」
「……」
マヒロは答えない。
ただ静かに、腰に差した魔妖へ手を伸ばした。
「……抜刀」
スラリ。
刃が鞘から抜かれる。
「【赤鬼】」
瞬間。
彼女の周囲に赤い魔力が渦巻いた。
艶やかな緋色の髪が風に揺れ、燃え盛る炎のような紅い瞳が、空を見上げる。
その瞳に宿っていたのは――。
恐怖でも。
不安でもない。
高揚感。
まるで、ようやく自分の出番が来たと言わんばかりの表情だった。
……なんだ?
この感じ。
さっきまでとは明らかに違う。
マヒロは何かをするつもりだ。
だが、何をする?
俺にはまだ、その答えが見えない。
そんな俺の疑問を見透かしたかのように、マヒロは静かに口を開いた。
「サダメ」
「……?」
彼女は魔妖を構える。
その視線は、七十メートル上空の銀鏡の翼龍へ向けられていた。
「拙者が――」
赤い魔力が、さらに膨れ上がる。
「貴殿を、あやつのところまで送り届ける」