―――――――――――――――――――――――――――――――――――?!
咆哮。
耳をつんざくほどの轟音が、空中を駆け巡る。
本来ならば、その一声だけで相手の身体を竦ませ、戦意を根こそぎ奪い去るほどの威圧。
だが――。
その咆哮を真正面から浴びながらも、俺は止まらなかった。
そして。
やつ――銀鏡の翼龍もまた、一瞬だけ動きを止めた。
まさか、自らの咆哮を真正面から受けてなお、怯むことなく攻撃を仕掛けてくる存在がいるとは思っていなかったのだろう。
巨大な瞳が、僅かに見開かれる。
その視線が、俺へと向けられた。
ほんの一瞬。
たったそれだけの時間だった。
だが――。
俺にとっては、それで十分だった。
「――ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」
喉の奥から、ありったけの声を絞り出す。
恐怖を吹き飛ばすように。
迷いを断ち切るように。
ただひたすらに、目の前の敵へと己の意志を叩きつける。
マヒロがいつもやっていることを、今度は俺自身がやる。
理屈なんて必要ない。
怖いから何だ。
失敗したら死ぬから何だ。
ここで躊躇すれば、待っているのは敗北だけだ。
ならば――。
今はただ、全力でぶつけるしかない。
両腕に溜め込んだ炎の魔力が、限界寸前まで膨れ上がっている。
熱い。
熱すぎる。
皮膚の下を、灼熱の奔流が駆け巡っている。
腕の内側から焼かれているような感覚。
筋肉が悲鳴を上げ、骨までもが熱に侵されているような錯覚。
ほんの僅かでも魔力の制御を誤れば、敵に届くより先に俺自身の腕が吹き飛ぶ。
最悪の場合――。
自分自身が、この魔法の威力に耐えきれず死ぬ。
そんな危険すら孕んでいる。
それでも。
俺は止めなかった。
いや。
止めるわけにはいかなかった。
ここで振り抜かなければ――。
ここまでのすべてが無駄になる。
マヒロが俺をここまで飛ばしてくれたことも。
ソンジさんとギリスケが命懸けで時間を稼いでくれたことも。
体調が万全ではないミオが、必死になってロープを操ってくれたことも。
そして――。
フィーが待っている。
みんなが、俺を信じている。
だから。
俺は――。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
両腕を、力いっぱい振り抜いた。
視界が、一瞬で赤く染まる。
次の瞬間。
両腕から解き放たれた炎の魔力が、凄まじい勢いで前方へと噴き出した。
狙うは――。
銀鏡の翼龍の頭頂部。
分厚い鱗に覆われた、決して急所とは呼べない場所。
だが。
そんなことはどうでもいい。
急所を狙う必要なんてない。
防御されるなら――。
その防御ごと、ぶち抜けばいい。
これが、俺の新しい必殺技だ。
威力でねじ伏せる。
それだけが、この一撃のすべて。
そして――。
「――――ッ!!」
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
直撃。
振り抜いた両腕が、銀鏡の翼龍の頭頂部へと叩き込まれた。
――いや。
そんな生易しい表現では足りない。
爆発した。
ゼロ距離。
逃げ場など一切存在しない至近距離で、二つの爆炎が同時に炸裂した。
瞬間。
視界のすべてが、紅蓮の炎に塗り潰される。
凄まじい爆風が吹き荒れた。
空気そのものを引き裂くような衝撃波が、周囲一帯を薙ぎ払う。
耳を貫く轟音。
肌を焼く熱。
そして、全身を吹き飛ばそうとするほどの圧倒的な衝撃。
すべてが、同時に襲いかかってきた。
「――ぐっ!?」
あまりの衝撃に、俺は反射的に歯を食いしばる。
当然だ。
この攻撃は、俺自身も爆発の中心にいるようなものなのだから。
空中という不安定な場所。
足場など存在しない。
踏ん張ることすらできない。
そんな状態で放った二つの爆炎は、当然ながら俺自身にも容赦なく反動を返してくる。
「ぐ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
身体が持っていかれる。
このままでは、爆風に吹き飛ばされてしまう。
必死に身体を捻り、なんとか体勢を維持しようとする。
だが――。
そんな俺の苦労など、どうでもよくなるほどの変化が起きていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!
「……え?」
銀鏡の翼龍が――。
鳴いた。
いや。
違う。
あれは――。
悲鳴だ。
今まで聞いたことのない声だった。
威厳もない。
余裕もない。
敵を威圧するための咆哮でもない。
ただ純粋な――。
苦痛。
そして、驚愕。
まるで自分の身に起きたことが理解できていないかのような、悲痛な叫び声だった。
「――効いた……!」
思わず声が漏れる。
見えた。
確かに、やつの巨体が大きくのけぞっている。
頭部に直撃した二つの爆炎によって、身体の姿勢が大きく崩れていた。
翼の動きも乱れている。
さっきまで自由自在に空を舞っていたはずの翼龍が、今は自分の身体を支えきれていない。
巨体が、ゆっくりと傾いていく。
そして――。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
銀鏡の翼龍の巨体が、重力に引かれるように落下を始めた。
落ちている。
間違いない。
あの伝説の魔物が。
空を支配していた銀鏡の翼龍が。
俺の一撃によって――。
「……やった」
思わず、そう呟いていた。
身体はまだ宙に浮いている。
足場もない。
自分自身も今にも落下しそうな状態だ。
腕は焼けるように痛い。
全身が痺れている。
呼吸もまともにできない。
それでも――。
俺の胸の奥には、確かな手応えがあった。
「……フゥゥゥゥゥゥ……」
ゆっくりと息を吐き出す。
俺が新たに生み出した必殺技。
【火球《フレール》・双爆拳《ブラスト》】。
一発では足りない。
ならば二発。
単純極まりない発想だった。
だが、その単純な発想を形にするために、俺は何度も魔力の制御を繰り返してきた。
そして今。
その成果が――。
確かに、目の前の敵へ届いた。
伝説の魔物。
銀鏡の翼龍。
その圧倒的な巨体を誇る存在を、俺の一撃が空から叩き落とした。
「……これなら……」
いける。
そう思った。
このまま落とせばいい。
地上まで叩き落とせば、フィーの拘束魔法が届く。
そこからさらに追撃を重ねれば――。
勝てる。
俺たちは、この化け物に勝てる。
そう確信した。