「ハア……ハア……ハア……」
喉の奥が焼けつくように痛い。
肺が悲鳴を上げ、両肩が酸素を求めるように激しく上下している。自分でも分かるほど呼吸は乱れ、今にもその場に倒れ込んでしまいそうだった。
無理もない。
あれだけの魔力を一気に解き放ったのだ。
しかも、ただの火球《フレール》ではない。
自分がこれまで何度も訓練を重ね、ようやく完成させた新たな必殺技――【火球《フレール》・双爆拳《ブラスト》】。
両腕に凝縮した炎の魔力を、一切威力を落とすことなく同時に放つ。
成功した。
確かに成功したのだ。
その代償として、全身から力が抜けていく。
「ハア……ハア……ハア……」
それなのに、不思議と身体は軽かった。
まるで、ずっと背負い続けていた重たい荷物を、ようやく下ろしたかのような感覚。
さっきまで身体中を圧迫していた魔力の負荷が一気に消えたことで、張り詰めていた筋肉からも力が抜けていく。
その反動で、今度は凄まじい脱力感が押し寄せてきた。
……マジで疲れた。
これ、地面に着地したらそのままぶっ倒れるんじゃないか?
そんなことを考えながら、俺は落下していく銀鏡の翼龍から視線を逸らさなかった。
やつが落ち始めた直後、宙に留まっていた俺の身体も、遅れて重力に引かれ始めていた。
どうやら、さっきの爆発によって発生した爆風と衝撃波が、ほんのわずかな時間だけ俺の身体を空中に留めてくれていたらしい。
だが、それももう限界だ。
俺の身体も、やつの巨体も、同じように地面へ向かって落下していく。
「ハア……ハア……ハア……このまま……落ちてくれれば……」
息を切らしながら呟く。
視線だけは、決してやつから離さない。
頼む。
このまま落ちてくれ。
あと少し。
あと少しで、フィーの拘束魔法が届く範囲に入る。
そうなれば、フィーがやつの動きを封じてくれるはずだ。
その隙にマヒロが追撃を仕掛ける。
それでも駄目なら、俺ももう一度攻撃を――。
いや。
今の俺に、もう一度あんな技を撃てる余力があるかは分からない。
それでも。
やつが自分で開けた、あの巨大な空洞。
あそこまで叩き落とすことができれば、何かしら状況を変えられるかもしれない。
「……頼む」
知らず知らずのうちに、そんな言葉が口から漏れていた。
あと少し。
あと少しだけ落ちてくれれば。
そうすれば――。
――――――
やつを倒せる。
そんな、ほんのわずかな期待が芽生えた。
その瞬間だった。
「ッ!?」
銀鏡の翼龍の身体が、突然大きく震えた。
「……?」
何だ?
最初は、さっきの攻撃によるダメージの影響だと思った。
あれだけの一撃をまともに受けたんだ。
苦しんでいる。
そう思った。
だが――。
何かがおかしい。
やつの身体が痙攣するように震えている。
低く、苦しげな唸り声が響く。
確かに苦しんでいるようには見える。
けれど。
これは――。
「……まさか」
嫌な予感がした。
いや。
考えたくはなかった。
けど、目の前で起きていることを見れば、認めるしかない。
「……あれだけの攻撃を受けて、もう立ち直ろうとしてるのか?」
自分の声が震えた。
信じられなかった。
俺の最大火力だぞ?
あれだけの魔力を込めた。
両腕から同時に放った。
しかも、あの至近距離から頭部へ直撃させたんだ。
それなのに――。
――――――!!
銀鏡の翼龍の身体が、さらに大きく震える。
「……マジかよ」
思わず呟いた。
そして、次の瞬間。
「くそっ!」
吐き捨てるように叫ぶ。
分かっていた。
分かってはいたんだ。
伝説の魔物。
銀鏡の翼龍。
あれだけの巨体と強靭な肉体を持つ化け物が、たった一度の攻撃で倒れるほど甘くないことくらい。
それでも。
それでも、期待してしまった。
これで倒せるんじゃないかと。
この一撃なら、届くんじゃないかと。
だが――。
違った。
俺の決死の一撃は、やつを倒し切るには至らなかった。
確かにダメージは与えた。
確実に効いていた。
だが、致命傷にはならなかった。
ここまでやっても。
俺の最大火力を叩き込んでも。
まだ足りないのか。
「……化け物め」
悔しさが込み上げてくる。
自分の力が足りない。
それを、これでもかというほど思い知らされた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!
そんな俺の悔しさなど、銀鏡の翼龍には関係ない。
やつは大きく翼を広げた。
「ッ!?」
空気が震える。
巨大な翼が、再び大気を捉え始める。
落下していた巨体が、徐々にその勢いを失っていく。
まさか。
やめろ。
そのまま落ちろ。
そう願った。
だが、現実は俺の願いとは正反対に動いていく。
銀鏡の翼龍が、再び空中で体勢を整え始めていた。
落下を止めるつもりだ。
いや――。
このまま再び飛び上がるつもりなのか!?
「マズい……」
背筋に嫌な汗が流れる。
「マズいマズいマズい……!」
このままじゃ駄目だ。
やつが再び自由になれば、すべてが振り出しに戻る。
ソンジさんたちが必死に繋いでくれた時間も。
ギリスケが命懸けで作ってくれた隙も。
マヒロが俺をここまで飛ばしてくれたことも。
俺が命懸けで放った【火球《フレール》・双爆拳《ブラスト》】も。
全部、無駄になってしまう。
何より――。
やつに逃げられたら、もう一度同じチャンスを作ることなんてできない。
俺は空中にいる。
マヒロは地上だ。
ソンジさんたちも、すでに限界。
そしてフィーの拘束魔法が届く距離まで、あと少し。
その、あと少しが――。
届かない。
「くそっ! 間に合わ――」
『相手の自由を奪い取れ――【拘束麻痺《レスト・ライズ》】!』
――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!
「ッ!?」
その瞬間。
聞き覚えのある声が、空間いっぱいに響き渡った。
フィーだ。
直後。
銀鏡の翼龍の身体を目掛け、巨大な輪が飛翔する。
輪の周囲には凄まじい電撃が迸っていた。
バチバチバチバチッ!!
空気を焼き焦がすような音を響かせながら、それは一直線に銀鏡の翼龍へと迫っていく。
そして――。
「――捕まえた!」
巨大な輪が、銀鏡の翼龍の巨体を完全に捉えた。